得て、失って


緑谷はハイツアライアンスを出た時から違和感を感じていた。
別々のインターン先に参加している切島、蛙吹、麗日が今日は自分と同じ目的地を目指していたからだ。

そうして到着した先はナイトアイ事務所だった。
入り口で通形を始めとする雄英高校のビッグ3のメンバーと出くわし、扉を開けて中に入ると、職場体験からお世話になっているグラントリノや担任である相澤、メジャーヒーローから地方のマイナーヒーローまでもが既に集まっていた。一体この状況から何が始まるのかと、密かに胸をざわつかせた。

ーーーー

「えー、それでは始めてまいります。我々ナイトアイ事務所は約2週間ほど前から 死穢八斎曾という指定敵団体について独自調査を進めています。」

バブルガールの一言から、張り詰めた空気の中会議が始まった。
事のきっかけは小さなコンビニに強盗を図った際に起こった事故からだった。
そこでセンチピーダーともう一人のヒーローが、ナイトアイの指示の下、追跡調査を追跡捜査を行った結果、敵連合と接触をしていた事が判明。そして八斎會を束ねる若頭、治崎という男が個性を破壊する薬を開発していることが分かった。ファットガムのインターンとして、初日に著しい活躍を見せた切島こと、レッドライオットの硬化により、たまたま銃弾をはじき、その薬を採取する事に成功。
しかし薬品の元となるのが、先日遭遇した“壊理ちゃん”の個性が関係している事が発覚し、酷く胸が締め付けられた。

ーーあの時手を離さなければ。

そう思えば思う程、あの時の事を後悔せざるをえなかった。
何が最高のヒーローだ…。


そう強く思い続ける間も、会議は進んでいった。
ナイトアイが自分と通形先輩と一度接触した件、ここに土地勘に詳しい地元のマイナーヒーローまで呼ばれた件。
そして、より慎重に動かなければいけない理由を、彼は静かに零した。

もちろんこの場に招かれた全てのヒーローが、ナイトアイの計画を賛成している訳では無い。
最初にこの作戦がまどろっこしいと訴えたのは、ファットガムだった。

しかし、感情的になる彼にナイトアイは情けない声で返した。
「我々はオールマイトになれない。だからこそ分析と予測を重ね、助けられる可能性を100%に近づけなければ…。それからもう一つ、これは半分私からの個人的なお願いになりますが、どうか聞いてください。」

そんな突然の切り出しに、はっと顔を上げた。
この位置からは彼の横顔しか見えないが、表情は至って先ほどから崩れてはいない。
しかしどことなく、その“お願い”という言葉を吐いた声がやけに弱々しく感じ、他のヒーローからも注目を寄せた。

「…実は、今回の調査にあたり、先ほどセンチピーダーが言ったように、あるヒーローに協力してもらっていました。」

「そういやそんなような事言っとったな…そのもう一人のヒーローはどこにおるん?重要な会議や言うのに、欠席か?」

ファットガムが首を傾げつつナイトアイにそう質問すると、彼はぐっと下唇を噛みしめて、悔しそうな表情を見せた。

「独自で治崎を追跡している中、連絡が一切とれなくなりました。」

「な、なんやて?!」

このタイミングにおいてのカミングアウトに、室内がざわつき始める。
それを聞いたロックロックは、少し苛立った様子で口を開いた。

「じゃあ、それによって今回の件をあんたが調査しているっていう事も、向こうには全部バレちまってんじゃねぇのかよ。」

しかし彼はその発言に被せ気味で「いいえ。」と否定した。

「それはありません。なぜなら、そのヒーローは調査や諜報活動においては最上級の活躍をしている“朧”だからです。彼女は情報を命乞いして漏らすような、半端な諜報員ではありません。」

「なっ、なんやて?!!」
「お、朧だと?!」
「そ、そんな…朧が、どうして…!」

ここにいるヒーローの中でも、最も名の知られている人たちは朧という名に反応し、酷く動揺を露わにしていた。

そして自分も、酷く動揺して気を失いそうになった。
爆豪と喧嘩をしたあの日の夜の事を謝りたいとずっと機会を伺っていた。
しかしその翌日から、本業の仕事が入ったのでしばらく戻ってこないという説明を相澤から受けてから、一度だけSNSを飛ばしたが既読すらつかなかった。

そんなタイミングでインターンに加え、壊理との接触があったせいで、彼女の事を気にかけている余裕がいつの間にか消えてしまっていた。

まさか、自分と同じナイトアイの下で動いているとは…。

「朧は二人が壊理という娘と接触した日。連中に見つかり、最悪の状況を考えて、交戦する最中に伝達用のサポートアイテムを私まで飛ばしてきました。どういう状況だったかはわかりませんが、録音された声からして、かなり追い詰められていた状況だと考えられます。」

「お、おいちょっと待ってーな!あの朧ちゃんやろ?!今回のその 死穢八斎曾っちゅう組織は、あの子の追跡にも気づくようなキレモノなんか?!」

ファットガムは再び立ち上がった。
彼はもともと警察と協力関係を築き、薬物絡みの事件を追っていた過去もあり、恐らく彼女の存在を元々知っていたのだろう。
そうでなければ、彼女の力を評価しているような今の発言は絶対に出ない。

「そうです。私も正直信じたくはないですが…。彼女にとって何等かの不利な体制上にあったのでしょう。しかし、今回の会議で皆さんにお伝えした情報は、彼女がその身を挺して調べ上げてくれた情報です。無駄にはできません。」

「…あの嬢ちゃんは、殺られたのか?」

しんと静まり返る中、グラントリノの声がやけに胸に刺さるように聞こえた。

どうやら彼女は、オールマイトの師匠であるグラントリノとも面識があるらしい。
考えたくはない。けれど、治崎の恐ろしさと卑劣さはこの目で見たし、もし万が一自分を探っているような存在だと知ってしまったら、恐らくただで帰すような事はしないだろう。
そう頭のどこかで冷静に考える事で、猶更自分に嫌気がさす。

あの時救えなかった一人の女の子に加え、近くにいたはずの朧の危険に気づかなかった自分の無力さに。

全身の力が一瞬にして抜けていくような感覚を覚えた。
しかし、ナイトアイの否定の声が僅かな希望を生み出した。

「いえ。彼女は死んではいません。」

「…どういう事だ?なぜ殺されていないと断言できる。」

「彼女の報告に、先ほどご説明した薬に加えて、奴の狙いが朧にもあった事を告げていたからです。」

「朧さんが…治崎の目的…?!」

全員が動揺する中、思わず声が漏れる。
ナイトアイは微かにこちらに目線を移した後、再び前を向いてその口を開いた。

「ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、朧の個性は戦闘においてかなり有利なものになる。そして奴がもし彼女を利用し、その力を悪用するのであれば…こちらの勝算はなくなるといっても過言ではないでしょう。」

そしてナイトアイの言葉に、相澤が口を挟んだ。

「…朧の個性は、無暗に口外していいものではありません。それはもちろん、彼女が隠密活動を中心に行ううえで、容姿や個性が公になってしまえば任務に支障がでるという名目はありますが、それだけじゃない。今ナイトアイが宣言されたように、彼女の二つの個性は、使い方によっては戦闘において最も有利になる。逆に言えば敵にとっても、知ってしまえば喉から手がでる程ほしがる個性です。正直その力が敵に回れば、我々の犠牲は軽度では済みません。」

「そんな…!助けなきゃ…早くしないと…朧さんが…!!」

咄嗟に出た言葉に、ナイトアイは酷く驚いた様子でこちらに顔を向けた。
プロヒーローの中でもごく一部しか知られていない彼女の事を知っているのに驚いたのだろう。
まだ他の1-Aの生徒は、零と朧が同一人物だという事に気づいていないから声を上げていないだけの事だ。
それが彼女と言うことを知った時、恐らく平常心では居られないだろう。

血がにじむ程強く拳を握りしめ、心から彼女を助けたいと願った。

大勢が言葉を失う中、相澤は「朧は…」と小さく零した。

「…朧は自分たちが想像もつかないような過酷な道を歩んできました。正直この社会を恨んでもおかしくはなかった。でもあいつは今ヒーローとして生きている。そのもがきあっての、あの強さです。ですが彼女がもし敵に操られたとしたら、それは立場が反転する可能性もある。そして彼女は恐らく、我々に助けてもらう事を望んではいない。今こうして彼女の事を口外した事も、きっと良かれとは思わないでしょう。」

「なんでや!朧ちゃんだって、もしかしたら今治崎に怯えとるかもしれん!何されとるかもわからん状況で、助けを求めないなんて阿保な事…!」

「アイツはそういう奴です。誰の助けも求めない。誰の力も借りない。自分のせいで誰かが傷つくことを、酷く恐れている。自分の死を、なんとも思っちゃいない。ナイトアイに届いた報告にも、助けてほしいなんて言葉は一言もなかったはずです。…違いますか?」

「あぁ…君の言う通りだ、イレイザーヘッド。」

「じゃあ、どうしろっちゅーねん!さっきの壊理ちゃんっちゅう子を助けるのと一緒に、朧ちゃんも助けたらあかんのか?!」

「いえ、助け出します。たとえ彼女がその手を拒もうとも。敵の手に渡したくはありません。彼女はこれからの平和な未来を築くために、必要な戦力にもなります。そして同時に、一人の未来あるヒーローとして、仲間と戦えるという事を知ってほしい。彼女のために、足を引き摺ってでも助けたいと思う人がいるという事を、その身をもって感じてほしい。…だから、彼女を助けたいと思う方だけで結構です。ご協力願いたい……。それでいいですよね、イレイザーヘッド。」

相澤の言葉を助言するように、ナイトアイは感情的にそう言っては彼を見つめた。
どうやら同じ意見を持っていた相澤は、それ以上発言するような様子もなく、小さく頷いた。

そして会議は最終的な段階になり、ナイトアイの一言で締めくくられた。

「娘の居場所の特定、保護。そして任務中に捕らわれた朧の救出及び奪還。可能な限り角度を高め早期解決を目指します。ご協力、よろしくお願いします。」

ヒーロー達は各々に決意を固め、ナイトアイ事務所から早々に去っていった。
全員が退場するまで微動だにすることのないナイトアイの表情からは、何か切なげな様子が読み取れた。
以前彼からオールマイトへの熱意は十分感じたが、ナイトアイにとって“朧”はそれとは別に、何か特別な存在であるのかもしれない。

そう思いながらも部屋を出て、クラスのみんなと共に別の階のロビーの方へと向かったのだった。



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