得て、失って
零の身を案じ初めて数日後。
相澤の元にHN経由でサー・ナイトアイからの協力要請が届いた。
なんでも、“抹消”を個性としてヒーロー活動を行っている自分に、確かめたいことがあるそうだった。
しかし頭の中では全く別のことを考える。
彼女が朧として活躍する中で、最もその力を認め、最も信頼を得ている人物でもある彼からこのタイミングで声がかかったのは、とてもじゃないが偶然とは思えない。
一先ず承諾の返信を送りつつも、追伸にて本文を入力する。
秘密裏に動かなければならない仕事を中心にしている彼女の事だ。
いくら本人と親しい間柄だとはいえ、そう簡単にナイトアイが素直に真実を話してくれるとは思えない。
そう半ば諦めかけた気持ちで送ったつもりだった。
しかし送信したメールに対し、思いもよらぬ早さで返事が返ってきたことに、胸がざわつき始めた。
ごくり、と息を飲み本文を確認する。
“今回お声をかけさせていただいたのは、先ほどの個性の件とは別に、あなたにはもうひとつあります。会議を開けるほど八斎會の組織について調べてくれたのは、他でもない“彼女”です。しかし、先日の報告を機に連絡が取れなくなりました。彼女の報告によると、恐らく何らかの意図があって連中に捕獲されたと考えてほぼ間違いないと思います。私が招いた種です。まだ先の長い彼女を、助け出したい。お力添えをお願い致します。”
「……っ!バカ野郎ッ!何やってるんだアイツは!」
読み終えた後、思わず拳を握り立ち上がった。
零が任務に失敗した話など、今までに聞いたことがなかった。
むしろ彼女の事を知るヒーロー達からは、「あの冷酷さと強さに加えて任務の成功率は時に恐ろしいとさえ思う。」と言われるほど、その実力を認めさせる程の成果を上げてきたヒーローだ。
だからこそ、彼女がいつものように無事戻ってくるとどこかで軽い気持ちになっていた自分にも、酷く腹立たしかった。
しかし幸か不幸かで言えば、幸い命を落としたわけではなく、捕らわれた身だということに少しばかり安堵した。
ーーー助けなければいけない。
一瞬の迷いもなくそのメールの返信を行った。
「…それにしても、なんでアイツが捕まる…。よほど相性の悪い個性を持っている奴が組織の中にいるのか…?それとも、アイツの集中力を削げさせる何かがあったのか?」
そう独り言を零して思考を凝らすものの、何一つ解決する見通しは立たなかった。
あるいは…。
ここにきて、ようやく雄英高校に彼女を招いた時の校長の話を思い出した。
ーー“もしあの有能な個性を味方につけたいと思ったら、どうなるだろうか。”
突然変異により生まれた触れた者の心を読む個性。
そして服部家の先祖から遺伝を通して与えられた、いくつもの種類を持つ“結界”の個性。
その二つの個性は、当初周囲の人々からは気味悪がられる能力だった。
故に彼女が今人と関わる事を恐れているのは、まさにそれが原因だ。
しかし、ヒーローとして…いや、戦闘において考えると、かなりの有力な個性として認識される事になる。
闘う相手の心を読めば、攻撃はほぼと言っていいほど避けられるし、相手の個性も見抜くことができる。
そして結界の個性は、条件やリスクはあるが自分と同じように個性を一時的に無効化させるものや、傷を一時的に回復させるもの、そして絶対防御と言っても過言ではないほどの、強力な盾として活用できる。
もし八斎會の連中が彼女の持つ個性を把握していて、それを何らかの目的で利用しようと考えているのなら…その先に見える未来は絶望的かもしれない。
もはや一刻の猶予もない。
早く零を取り戻さなければ。
一人暗闇の中で強くそう思い、不安を抱えながらも夜を明かすのであった。