得て、失って
インターンとして預かっている緑谷と通形ミリオが治崎と接触した日の夜。
サー・ナイトアイは事務所に届いた一本のスティック型の伝達用のサポートアイテムを手に、一人明かりもつけずに部屋に籠っていた。
ボールペンよりも細いそれは、一見なんら変哲のないただの棒切れのようにも見えるが、録音機能がついているうえに、予め到着地点を記憶させれば、衛生電波を利用してその場所へと必ず届けられる優れものだ。
それが伝達用アイテムだと知ったのは、朧と仕事を始め出したばかりの頃だった。
連絡手段と経過報告をどうやってするのか、という質問を尋ねた時、彼女がいくつも所持しているサポートアイテムを紹介してくれた事があった。
その中で最も精度が高く、緊急性と危険を伴う時に使用するのが、今手にしているものだと言うことも。
これを受け取ったのが、緑谷とミリオが本日のインターン活動を終える直前の頃だった。
彼女と契約していることを、二人…いや、バブルガールですら話していない。
ようやく一人になれた今、これを再生しようと覚悟を決めている訳だが、いざ再生ボタンを押そうとすると不安で指が震えた。
ーー何があった、零。
心の中で、彼女の本当の名で問いかける。
聞かなければわからない。もしかしたら、助けを求めているのかもしれない。
そう何度も自分に言い聞かせ、やっとの思いで再生ボタンに触れた。
『すまない、対象に目撃された。こちらの目的には気づかれていない。奴にとってのキーマンは角の生えた少女と、その子の血を利用して何か計画を企てている。そして奴の狙いに私自身が含まれていた。…この後何も連絡がなければ、察してくれ。』
普段は敬語を使う彼女が、よほど切羽詰っていたのか粗めの口調で、尚且つその早口から余裕のなさが感じ取れる。
今まで何度も朧と手を組んで平和を守ってきたが、任務に失敗するのは初めてだった。
よほど切れ者の相手ということか……。
事はより一刻を争い、同時に八斎會という大きな組織に、改めて圧倒されつつあった。
しかし、同時にこれだけの重要な情報を教えてくれた彼女の行動を考えると、敬服に値した。
自分の身の危険が迫っているというのに、任務をできるだけ全うするその志は、並大抵のものでは無い。
しかし今は感心している場合でも、悩んでいる暇はない。
一分一秒でも早く八斎會の連中の捜査を進め、彼女の奪還と制圧を決行しなければならない。
零が命懸けで伝えてくれたメッセージの中にあった“角の生えた少女”というのは、恐らく昼間ミリオ達が接触した“壊理ちゃん”で間違いないだろう。
その重要事項を教えてくれた彼女の行為を、無駄にするわけには行かない。
「…頼む、無事でいてくれよ。君を失ってしまっては、私のヒーローとしての未来も怪しくなってしまうからな。」
本人に聞こえるはずのない投げかけを零し、一人デスクに向かい、計画を練り始めるのであった。