得て、失って


ナイトアイから八斎會の治崎という男の動向を探る依頼を受けてから数日後、とうとう奴が動き出す瞬間を目撃した。


マスクを被った一人の男に連れられて、現在は使用されていない倉庫へと向かっていた。

遅れをとらぬよう、けれど見つからないよう気配を消し、足音を立てずに一定の距離を保つ。

充分な警戒心を持ちつつも、二人が倉庫の中へと入って行ったのを確認し、屋根へと飛び登る。

一通り屋根を見渡し、錆びれてもろくなっている屋根材の一部を確認しては、素早く指を差し込み、抜いた。

片目で中が確認できるような穴を作り、そこから中の様子を確認する。

『……』

驚きはしたが、決して声には出せなかった。
なぜなら今、治崎と向かい合って立っている連中が敵連合だったからだ。

ここでもし見つかれば、人数と相手の個性からしてまず逃げられる確率の方が圧倒的に低い。

何とか会話を聞きつつも耳を済ましていると、四方から何人もの足音を嗅ぎつけ、慌ててその場から離れた。

『チッ…治崎の部下たちか。』

全速力で移動しながらも、連中がやり取りをしていた会話の一部を思い出し、今までに得た情報を整理した。

敵連合と八斎會が手を組もうとしている動きを見せていた。
互いのリーダーが威嚇し合っている感じからして、恐らく今日が初対面だと考えても間違いないだろう。

しかし、それも時間の問題だ。
手段がどうであれ、恐らく目的は近いものを持っている。
奴らだってこのヒーローが溢れる時代に何かを起こそうとしている連中だ。
阿呆だが馬鹿ではない。

ようやく確実に見つからない位置まで離れ、建物の陰に隠れて足を止めた。

乱れた呼吸を整え、ようやくまともに酸素が吸えるような気がした。

普段からこういう危険な仕事を引き受けてはいるが、今回の相手は格別だった。さすがナイトアイが用心しろと念を押しただけの事はある。
治崎も、そして敵連合と名乗る組織のリーダーである死柄木弔という男も、相当イカれた男だと聞いてはいたが。まさか、ここまでとは。

奴らの危険さは、無意識のうちに自分の身が一番理解している。
素早く動いたとはいえ、ここまで息が乱れるのは決してそれだけではない。

二人の凄まじい殺気と威圧感が、肺を圧迫させるような感覚にさせた。
思わず呼吸をする事を忘れてしまいそうになるほど、奴らの存在の恐ろしさを悟ったからだ。

『全く……少しぬるま湯に使ってたからって、情けないもんだな。』

自分に悪態を付き、やっと整った鼓動を確認するとポケットからスマホを取り出した。

ナイトアイに発信するよう操作すると、彼はワンコールで応答した。

『…遅くなってすみません。少し、厄介なことになりました。』

「…今、安全な場所にいるのか?」

機械越しに聞こえるナイトアイの声から、緊迫感が伝わってくる。
無事、なのか。
続けてそう尋ねる彼に、フッと息を吐いて笑みを浮かべた。

『私が報告手段を電話で行う時点で、至って安全な場所にいるのは間違いありませんよ。』

「それもそうだな…すまない、愚問だった。」

『いえ…その警戒心は後に重要になります。最も、今以上に深入りすれば、恐らく電話での報告は難しくなるでしょう。それより、今得た情報を簡潔に伝えます。』

彼が目をつけていた八斎會若頭、治崎と敵連合が接触したこと。並びにどちらかが手を組もうと考えている状況に加え、治崎の護衛についていた組織の一部の人員を説明する。

途中何一つ口を挟むことなく聞いていたナイトアイは、全ての説明を終えた後ようやく口を開いた。


「そうか…やはり。」

『このままもう少し探ります。』

「気をつけろよ、朧。万が一見つかった場合、君もタダでは済まないだろう。」

彼の声から自分の身を案じてくれているのを察する。
しかし、任務を全うするにおいて、“優しさ”と“心配”は一番邪魔な存在になる。
特に今回のような不確定要素の多く、バックに何があるか分からない連中を相手にする時は、尚更だ。


『……ナイトアイ。わかっていると思いますが、私から一週間何も連絡が無ければ、切り捨ててください。』

「なに、を…」

動揺している表情が、頭の中で想像がつく。
しかし、今は彼の気持ちを考慮している場合ではない。

『万が一あなたと私が繋がっているのが連中に知られた場合、今私が行っている行動は全て無駄になりますから。それよりもあなたは、奴らの良からぬ計画を阻止することを最優先に動いてください。』


ハッキリとそう告げると、彼は閉口した。
彼とて何度か一緒に仕事をした相手だ。
自分のこういう所は、少なくとも理解しているはず。

しかし、ようやく返してきた言葉は、少しだけ的をはずれたものだった。

「わかっている。…しかし、私にとっては君も大切な仲間だ。可能な限り、危険な目に遭わせたくはない。」

『……どうしたんですか、ナイトアイ。普段ならそんな甘い言葉、あまり言わないのに。』

「久しぶりに再会した君が、そう言わせているんだよ。ようやく君は、閉じこもった殻を少しずつ破ろうとしているみたいだからね。」

『…っ、』

「君の過去を知っているからこそ、下手なお節介をするつもりは無かった。でも君がどういう訳か自らの意思で一歩踏み出し、閉ざしてしまった心をこじ開けようとしているのなら、私はそれを応援したい。だからこそ、難儀でも無事に戻ってきて欲しいと願わずにはいられないのだよ。」

ナイトアイのその言葉は、冷静でいた自分を動揺させるには充分だった。
今まで気づかなかった、彼なりの配慮。
そしてようやく気づけた、こんな自分を心から認めてくれているのだと。

『……私には、勿体ない言葉ですね。でも……』

ーーありがとう、ナイトアイ。

そう小さく零し、彼の声を聞くことなく切電した。
そして彼との通話履歴と、一旦登録されている連絡先を全て削除しようと、手探りで操作を始めた。

その時ようやく、何通かのメッセージが届いていることに気づき、既読がつかぬよう内容を確認した。

『これ……』

メッセージは二人からのもので。
どちらも突然何も言わずに姿を消したことに、酷く心配している内容だった。

“零さん…相澤先生から任務だって聞いたけど…無事ですか?任務を終えたら、どうしても零さんと話がしたいんです。ちゃんと、面と向かって…だから、だから、絶対に帰ってきてください。 緑谷”

“どこにいる。”

“無事か?”

“勝手にいなくなるなって言ったろ。”

“絶対帰ってきてくれ。待ってるから。”

緑谷とは違い、短文が何回も轟から送られてきていた。

無意識に笑みを浮かべ、二人の顔を思い出す。
緑谷はきっと、あの時の事に負い目を感じているのだろう。
轟はある程度事情等を知ってしまったからこそ、心配してくれているのだろう。

ナイトアイに加え、こんなにも温かい二人のメッセージを見て、生まれて初めての感情を抱いた。

ーーー帰りたい。

そう強く思っては、データのオールリセットボタンをそっと押したのだった。


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