得て、失って


サー・ナイトアイは、突然目の前に現れた零を見て、驚きのあまりに硬直した。

入り口から入ってくるわけでもなく、突然目の前に現れるのは正直いつもの事だが、驚いた点はそこではない。

いつもなら山を降りて来るので半日ほどかかるはずが、伝書鳩を送ってから小一時間で到着したうえに、何故か手には散々言い続けても所有しなかったスマホをさも当然かのように持っていたからだ。

「ず、随分早かったな、朧。」

『最近仕事で割と近くに滞在してまして。それよりスマホ。言われたとおり用意しましたよ。』

「一体どういう風の吹き回しだ?あんなに頑なに持つのを拒んでいたのに。」

『…それも、今携わっている仕事の影響で。案外、人と関わるのもそんなに悪くないものだと、最近少しだけ思うようになりました。』

キツネの仮面を被っている彼女がどういう表情でそう言っているのかは分からないが、いつも以上によく話し、いつも以上に声に温かみがあるのは容易に理解できる。

一体誰が、あの頑固者の彼女をここまで言わせるようにしたのだろうか。

そんなことを考えつつも、眼鏡をかけ直しては頭を切り替えた。

「まぁいい。それより、突然呼び出してすまなかったな。」

『いえ。それで、仕事というのは?』

今度は彼女のよく知っている冷たい声に戻った。
この頭の切り替え具合は、何度見ても敬服する。

「…実は、少し気になることがあってな。調べて欲しいんだ。」

自身の机の引き出しから、一枚の写真を彼女に差し出す。
それを手に取り、しばらくじっと見つめては目線をこちらに戻したのを確認し、話を続けた。

「指定敵予備団体・死穢八斎曾の若頭、治崎という男だ。最近なにやら怪しげな動きを取っているという噂を聞いてな。動向を探ってくれるか?」

『…承知しました。情報を掴み次第追って連絡を入れます。』

「くれぐれも注意して行動してくれ。奴は一筋縄ではいかん男だ。それに何か…嫌な予感もするしな。」

『珍しいですね。あなたがそこまで用心深いなんて…。まぁ、とりあえず行ってきます。』

「あぁ。その前に…私に連絡先を教えてから行ってくれ。」

くるりと踵を返した彼女の動きがピタリと止まり、ポケットにしまったスマホを取り出してそのまま差し出す。

どうやら所持をし始めたはいいが、使い方は分からないらしい。
ひとまずそれを受け取り、自分の連絡先を登録したうえで彼女へと戻した。

『…わかっているとは思いますが、報告等の連絡はよほどのことがなければ電話はかけませんので。』

「わかっているさ。君のいつものやり方で構わないよ。」

『了解』

短い返事を告げた後、まるで瞬間移動のようにスッと目の前から姿を消す。

ようやく去ったのを確認し、椅子へと深く腰を下ろし天井を見上げた。

ーーー服部家。
隠密や諜報活動において最も優れた一族で、江戸時代から現代まで受け継がれてきた血筋だ。
もちろん超人社会と呼ばれるこの時代でも、一族は著しい活躍を見せていた。

しかしある事件をきっかけに、服部家は敵の思わぬ奇襲により、全滅した。
そしてその中でも唯一生き残ったの彼女ーー零だ。

これは後で聞いた話だが、服部家の中で彼女は最も強く、最も冷酷で恐ろしい人物だと恐れられていたらしい。

ただ、生まれ持った個性が特異体質だっただけで。
ただ、身内の中にはない初めてみる個性を持つまで生まれただけで、異端児扱いを受けるだなんて、正直いってふざけた話だと思う。

そんな一族の名をなぜ自由になった彼女が今も背負っているかまでの事情は知らない。
しかしまだ19という若さで、長くに亘ってきた重荷を背負う決意ができた彼女だからこそ、一人のヒーローとして見ることができ、その強さに頼りたいと思ってしまうのだろう。

「…あの子もいつかきっと、心から笑える日が来るんだろうか。」

未来を見てやりたい。しかしもし自分が見た未来が絶望と化したものだったとしたらと考えると、とてもでは無いがそんな話を持ち出せなかった。

彼女にいつか、明るい未来をーーー。

そう心の中で願いつつも、本日の仕事に取り掛かるのであった。



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