得て、失って
相澤は不機嫌極まりなかった。
その原因は他でもない、HRに行く直前にかかってきた零からの電話のせいだ。
ーー数時間前。
「珍しいな、どうした。緑谷と爆豪がまたなんかやらかしたか?」
『いや…実は仕事の依頼が来て。しばらく帰れないかもしれません。』
「……」
ここ最近耳にしていなかった、彼女の淡々と話す冷たい声を受話器越しに耳にした。
彼女にくる仕事は、大抵秘密裏に行われるものが多い。
大方誰に依頼されたのか、なんの仕事なのかも口外してはいけないのだろう。
「…わかった。生徒たちには俺から話しておく。十分に気をつけていけよ。」
『子供のお使いじゃないんですから、大丈夫ですよ…。』
「素直に“はい”って言っとけ、そこは。」
ため息混じりでそう返すと、彼女は無言を突き通した。
仕事となると、本当に別人のように可愛げがない…というか口数も少なく、急にとっつきにくくなる。
そうして頭の中では、昨日のやり取りを思い出していた。
爆豪と緑谷の謹慎中、彼女を寮に留まらせたように仕向けたのには理由がある。
爆豪が零に向ける警戒心が、第三者である自分にもヒシヒシと伝わっていたからだ。
特に対策法があるわけでもなかったが、一度じっくり話せる時間を儲けた方がいいだろう、と配慮した上での処置だった。
もちろんその意図を、去り際に彼女に触れたことで本人には伝わっているはずだが。
結局あの後、どうなったかは知らない。
「…お前、あれから爆豪と進展あったか?」
『…まぁ、ありましたよ。悪い方向に。』
「…は?」
『挑発や詮索が面倒だったので、個性については話しました。けれど…私が虚勢を張って突っぱねたので、状況は最悪ですね。』
「お前な……」
まるで他人事のようにしれっと話す彼女に、呆れて返す言葉もない。
ここ最近彼女の様子が、1-Aの生徒たちと真剣に向き合いたいという姿勢にかわったように見えた自分の目が節穴だったのだろうか、とげんなりする。
そして終いには、こう言ったのだ。
『四日の間に何か接触しようと思ったのですが、仕事に支障が出るといけないので今はそのままにして行きます。消太さん、すみませんがそっちのフォローも頼みます。』
「お、おいちょっと待て。爆豪に俺がどうフォローしろって……て、切れてやがる。あいつ、逃げたな……」
最後までこちらの反論を聞くことも無く、気づけば耳元の受話器はツーツーという音を鳴らしていた。
「都合のいい時だけ年上扱いしやがって!……たくっ!!」
気づけばそう電話に向かって怒鳴り、職員室にいた教師たちに注目されては、多少なりともクールダウンしたわけではあるが。
爆豪は猪突猛進タイプだが馬鹿ではない。
きっと彼女の個性を聞いて、誰かに言いふらすような事はまず無いだろう。
ただ、その目で本人の強さを見なければ納得がいかないだけだ。
「あいつが無事帰ってきたら、実技授業で戦闘させてみるか……」
この時まだ、彼女が当たり前のように戻ってくると鷹を括っていた。
まさか絶対的な強さを持つ彼女に、危険が迫っていることすら知らずにーー。