得て、失って


轟が去った後、零は一人部屋の中で余韻に浸っていた。

個性をうちあけて、有難いと言われたこと。
自分の心の中の声が読まれるとわかっていても、その手を差し伸べてくれたこと。
彼が優しく微笑む顔。
頭の中は轟でいっぱいだった。

しかし、今はこじらせてしまったものがある。
爆豪と緑谷の件だ。
昨日は自分にも落ち度があったということを、一晩経って冷静になって分かった。

よくよく考えれば、最も強さを求め、最も警戒心を持つ爆豪が、自分の個性を知りたくて挑発じみた言葉をしかけてきただけの話だ。
彼は自分よりも強いと判断した人物をねじ伏せたがる性分だということも、理解していたはずなのに。
安い挑発に乗って、自ら個性を明かした上に虚勢を張り、彼らの弁解の余地もなく突っぱねてしまったのはこちらの方。

いくらなんでも大人気ない対応だったと思う。
もっと冷静になっていれば、発作だって起きなかったかもしれない。

昔から心が読めるせいか、精神的に負担がかかりすぎる、または個性を使い続けると吐血の症状が出てしまう。
安定剤として薬を飲んで落ち着かせはするが、毎度の事ながら身体への負担はかなり大きいようだ。身体が以前に増して、だるく感じる。

だが今はそれに構っている場合ではない。

さて。
今日から寮の清掃にあたる謹慎組の二人と、どう話を持ちかけるべき、か。

気持ちを切り替え、思考を凝らしていると、コツン。と窓に何かが当たる音を耳にした。

何事かと開けてみると、そのタイミングで見慣れた鳩がバサりと音を立てて部屋の中へと入ってきた。

すぐさま指先を伸ばすと、そこへ足で捕まり羽をしまう。

『…この伝書鳩、ナイトアイの所か。』

鳩の足元についている紙を破らないようにそっと外し、鳩を外へと放った。
自分に仕事の依頼を頼みたがるヒーロー事務所には、自分の元へ必ず届けてくれる優秀な伝書鳩の待機地を教えてある。
特にナイトアイとは仕事でやり取りをすることが多く、今までの実績上なのか妙に信頼を買っている。
そしてなにより、予知能力を持つ彼とは比較的相性もいい。

ひとまず用件の書かれた紙を開け、内容を確認した。

“拝啓 朧様。この度内密に頼みたい仕事があります。直接話しがしたいので、一度お時間のある時に事務所に来ていただけると光栄です。P.S.そろそろ携帯電話持ってください。毎度毎度伝書鳩の待機地まで行くのが面倒です。”

『…ナイトアイ、私がスマホ持ってたらびっくりするかな。』

知っている限り、彼はかなりのポーカーフェイスで、間違っても声を荒らげて笑うような男ではない。
普段なら一言余計だと思うP.Sの部分も、今回ばかりは微笑ましくなった。

『内密に頼みたい仕事か……。轟くんに言ったように、本当にしばらく学校の護衛任務は難しくなりそうだな…』

そう独り言を零し、なれない手つきで自分の保護者的立場にある人物に電話をかけ始めたのだった。


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