得て、失って
“お前、どうして私の思っている事が分かるんだ…”
最初にそう怯えた顔をして自分を見たのは、他でもない父だった。
ーーー
服部家は、代々江戸時代から忍一族として引き継がれてきた血筋だった。
現代の超人社会においても、偶然にもその働きに見合う個性ばかりが継承していき、忍として警察やヒーローと連携し、諜報活動や隠密任務を中心に輝かしい活躍をみせていた。
しかしその歴史は、当代で大きく揺らいでしまった。
服部家に嫁いだ者は決まって男児を産み、それを次期頭首へと育て上げて次の世代へと引き継いでいく傾向があった。
だが母は、私を産んだあとすぐに他界してしまい、継承者になるための男児は産まれることなく終わってしまった。
それでも最初は、母が残してくれた唯一の希望だと考えて、一族総出で大切に育ててくれた。
しかし、個性がはっきり分かるようになる物心ついた頃、突然扱いは豹変した。
先祖の中で最も偉大な個性を持っていたといわれる曽祖父から受け継いだ個性、“結界”。
その理だけで妬むものは多かったが、それだけではなかったのだ。
曽祖父の頃よりも、個性が成長しより強力な物になっていたこと。
そして、特異体質により服部家をもって初めての個性、“読心”の二つが扱えたからだ。
触れた生き物の心を一定期間読み取る力。
ただでさえ先代より強力な個性に加え、人の心まで読んでしまうという、あまりにもの力の大きさに恐れを生した父は、酷く怯えた顔で…そして蔑んだ目でこう言った。
“お前は呪われた子だ。だから美咲も死んだ…お前のような子は、服部家の恥だ!!”
その一言から、一切の外出を禁じられた。
元々山奥に家があったせいで人との接触は少ないが、父の門下生達も共同生活を送っている中で、その情報が周囲に知れ渡るのは時間の問題だった。
呪われた子。化け物。
毎日のようにそう言われ、死と隣り合わせの日常を必死に生き延びた。
父の厳しい体罰とも言える訓練も、寝る間を割いて頭に叩き込まれる勉学も、父との思い出は笑みを浮かべる程、綺麗で暖かいものは存在しない。
そしてそれが十年も続けば、それが正しいとさえ錯覚もする。
呪われている。むやみに人と関わってはいけない。
自分が関わった人は不幸を招く。
そんな事を思うようになってから、気づけば感情を失い、表情を表すことすらできなくなっていた。
やがて父が死に、一族で残ったのは自分だけになった。
しかし、十数年続いたその言葉と服部家の掟に開放されることは無かった。
だからこそ、人と関わることに躊躇していた。
今回の雄英高校の任務の依頼だって、初めはそうだった。
でも、何も知らない彼らは、こんな私にでも笑いかけて、気兼ねなく話してくれた。
個性を知らないくとも、何も聞かず温かく接してくれた。
だからこそ、守りたい。
そう強く思うも、闇の中で父や一族の皆がそれを否定するのだ。
“お前のような化け物に、人は守れん。”
“呪われた子に、誰が普通に接すると思っている。皆ただの建前だ。本当にお前のことを慕う奴などいない。”
“お前が近づいた者はみんな死んでいく。お前の母のように。私たちのように。”
違う、違う。呪われてなんかない。
私のせいじゃない!!!
頭の中に響く声に抗って耳を閉ざす。
それでもなお、その声から逃れることは出来ない。
“彼らのような子らに近づいて、何を企んでいる。情か?!愛か?!”
違う、私はただ、みんなを守りたいだけ。
それ以上の何かをしたいとも、何を見返りに求めるつもりもない。
ただ、ほんの少しでも楽しい時間を過ごしてくれた彼らに……生きて欲しいだけだ。
必死に否定するも、父の声は止まない。
再び頭痛と胸が締め付けられる思いに、自然と身体が震え出す。
ーーあぁ、まただ。
またこうして、深い闇に飲み込まれていく。
しかし、半ば諦めてその言葉に身を委ねようとしていたその時、ふと身体に温かい光が灯した。
『これは……』
人を包み込むような温かさ。
やがて全身を包み、気づけば頭の痛みも胸の痛みも忘れていた。
『あたた、かい……』
この光に包まれていたい。
何もかも受け入れてくれるこの優しい光に。
そのまま身を委ね、光に包まれたまま目を閉じれば、いつの間にか父の声すらも聞こえなくなっていた。