得て、失って


爆豪勝己は、何度も目を閉じては彼女の去り際の表情を思い出し、目を開ける行為を繰り返していた。
そうして膨れ上がる思いは、一人の女に対しての怒りだけだった。


「クソッ、何がしてぇんだあの女はッ!!」

胸糞悪ぃ。
個性を明かしたかと思えば、開き直って拒絶させるような発言をして去っていきやがった。

あの時の表情からは、何も感じ取ることが出来なかった。いや、それ以上に声と全身を纏うオーラに圧倒され、言い返す言葉が見つからなかった。

別にここから追い出そうとしている訳では無かった。
そもそも最初はただ、周囲の人間に作り笑いを浮かべている様子が気に入らなかったところから始まった。

自分は自分の気持ちに正直だ。
嫌なものは嫌だと言うし、ムカつく時は感情をありのままに出す。
だからこそ、自分の感情を隠しているようにも見えるあの女の取り繕った表情が、とにかく気に食わなかった。

しかし警戒して観察をしていくうちに、更に気にいらない点が増えていった。
付き合いが浅いのにも関わらず、みんなの事を十二分に理解しているような言動を取っていること、話すことはするも、人に触れることを避けていること。
だから予測と推測を重ねて、一つの結論に至り真実を炙りだした。

ただ、奴が下手な小細工をしなくなればいいと思って。
あの澄ました顔を歪ませ、自分に屈服させてやろうと思っただけだった。

ーーそれなのに。
真相を明かしたアイツは、敵意を向けて“これ以上関わるな”とでも言いたげな表情をしていた。

いや、違う。
口では虚勢を張っていたが、その裏に隠れた素顔はきっと、苦しみに耐え、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

人の心を読む個性。
改めて心の中で呟き、息を吐く。
そうして医務室でデクと話したことをもう一度思い出した。

ーーー

「酷いよかっちゃん!!零さんに何の恨みがあるんだよ!あんな言い方しなくたって良いじゃないか……!」

「るせぇな!!あいつが勝手に暴走して全部バラしたんだろーが!」

「それでも…そもそも彼女が自分の口から本来個性を伝えることは、禁じられてるんだよ……!!」

わなわなと拳を奮い、怒りを露わにする。
まるで彼女がどうしてあんな風になったかを知っているような、そんな様子だ。

「……おい、デク。てめぇは何を知ってる……アイツの“読心”の個性について、てめぇは知ってたのか?」

「知らないよ……知らなかった。僕を助けてくれた時は、もう一つの個性、“結界”を使って助けてくれたし……。」

怒りのボルテージが下がったのか、震えた拳を下ろす。
そして俯いたデクは、さらに続けた。

「ただ、彼女は……さっき本人が言っていたように、ヒーローの中でも最も危険に関わる隠密任務につく人だ。本来人と接触することも少ないし、ましてや自分の個性を人に伝えて、それが敵に知られたりしたら……ヒーローとしての活動がしにくくなる。だから、報道とかは全部控えてもらうようにしてたんだ。」

「……なんで敵に知られたらマズイんだよ。」

「個性はその人の特徴でもある。容姿とかだって、基本的にはバレないようにしなくちゃいけない人なんだよ。そして最も重大な理由は…人の心を読む個性も、結界も……優位に強力な力だから、敵に狙われる可能性が高いんだ。」

その意味は、さすがの自分でも理解した。
人の心を読む個性の発動条件がどういうものかは知らないが、確かに心を読めれば戦闘にも有利。

加えて結界となれば、ヒーローたちに邪魔をされないような空間を作ることも可能なはずだ。

ようやく目の前の男が頑なに口を閉ざしていた理由に納得がいった。

「じゃあなんで、アイツはなんで誤魔化そうとしなかったんだよ。」

「…そこまでは分からない。でも、本当は僕達と普通に接したかったんじゃないかな…歳も近いし、学校も通ったことの無いくらい、普通じゃない人生を歩んできた人だから。」

「学校に通えなかった、だと…?」

自分の人生の中で、ごく当たり前のことだと思っていた。
正直金に困ったこともない。自分の意に反する奴は力でねじ伏せる。
そうやって自分がいるための空間を作って生きていくのが当たり前だった。
それが、アイツは違うって言うのか。

驚きのあまり思わず零れた独り言に、デクは大きく頷いた。

「零さんはきっと…誰かと一緒に生活したり、話したりしたかっただけなんだ。個性を知ったらきっと、みんなが離れてくって怖くて…だから黙ってた。でもたぶん、さっきのかっちゃんの言葉で、隠しきれないって悟ったんじゃないかな…」

尋問をするかのような問い質しに、挑発するような発言。
自分が彼女に対して行った行為を、もう一度頭の中で思い出す。

ーーあぁ、俺が無理やり言わせたのか。


「……かっちゃん、もし万が一零さんが黙っていなくなるような行動したら…僕はかっちゃんを許さない。」

「てめぇに許す許さねぇの権利なんてねぇだろーが。」

ケッ、と舌打ちをして立ち上がる。
部屋に戻ろうとドアノブに手をかけたところで、もう一つの疑問を思い出し、その場に残っているデクの方に目を向けた。

「おいデク、もう一つ教えろ。」

「……なに?」

「あいつのヒーロー名は、なんていうか知ってんのか。」

その質問に、奴は口を噤む。

しかし目をそらすことなくじっと睨みつけていると、ようやくそれに返した。

ーーーー


“朧”。
それがアイツのヒーロー名。
言葉そのものの意味で考えれば、ぼんやりする。ハッキリしない様。ぼんやりと霞んでいるなどという意味だ。

やっぱりその名を聞いても、耳にしたことはなかった。
普段プロヒーローの存在には注目している方だが、それでも名前すら聞いたことの無いヒーロー。

「……朧、か。」

その名を付けた彼女の心理は、一体どんなものだったんだろう。
二つの強力な個性を産まれ持ったことで、一体どんな人生を歩んできたというのだろう。

考えたところで、自分の歩んできたそれとはきっと程遠い物だ。
理解しようと思う方が、難しいことなのかもしれない。

だったら俺は……

「俺は、正面からアイツと闘ってみてぇ…」

自分の力が、あの女にどれほど通じるのか。
そして、自分とさして変わらない年齢にもかかわらず、相澤の絶対の信頼と隠密任務に携わっている彼女の実力を、この目で見てみたいとすら思った。

敬遠するような、蔑んだ目で見るようなバカな行動をとるつもりは無い。
正直、そんなことはどうでもいい。

「クソムカつくぜ。ゼッテェ叩きのめして、あの仮面みたいな面引っペがしてやる……」

そんな思いを強く抱いては、ぎゅっと拳を強く握りしめたのだった。


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