得て、失って


目の前の視界が狭まり、身体中が冷たく感じる。

ーーなんだ、このザマは。


二人の化け物を見るような表情に、傷ついたとでも言うのだろうか。
“嫌われる”事に慣れていたはずだ。
むしろこの個性を受け入れてなお、隣にいてくれた人物は今までに二人だけだったはずだ。

『消太さん…すみません。』

無意識に言葉が声に漏れる。
自分の全てを知ってもなお、二人のうち一人に該当する彼は、きっと誰かと関わりを持てるよう、自分の個性に対して考えが変わるように、ここの護衛を勤めるよう仕向けてくれたはずだろう。

それをこんなにも早く個性を悟られ、それを聞いた二人の生徒に失望と恐怖心を抱かせることになるとは。

恩人の顔に泥を塗るのもいいところだ。

胸が痛い。考えれば考えるほど、自分に対しての憎悪と嫌悪感に体温が奪われていく。

なんとかおぼついた足で自室へと向かえば、扉の前に一人の影があるのに気づき、足を止めた。

向こうもこちらの存在に気づき、ドアに近づけていた手を下げて振り向いた。

ーーどうして、このタイミングに彼と会ってしまうんだろう。

神が存在するのなら、つくづく自分に残酷な道を歩ませるな。と、心の中で悪態をついた。

「…どっか、出かけてたのか。悪ぃ……少し話がしたくて、もし起きてるならと思って来てみたんだが…」

こんな夜にドアの前で待ち伏せしていたかのような行動に、引け目を感じているのだろうか。

薄暗い灯りに照らされる赤と白の髪を持つ彼は、立ち止まっている自分に歩み寄り、手を伸ばした。

「…どうかしたのか?なんか様子が…」

『……っ、触るなっ!!』

パシン、と反射でその手を払い返す。

“なんで、拒絶された……?”

頭の中で轟の声が響く。
その瞬間、不覚にも触れてしまった事実を目の当たりにし、酷く後悔した。

「……零?」

優しい声。
自分の事を本当に心配しているのがよく伝わってくる。

“どうしたんだよ、一体。何があったってんだ……もしかして俺は、嫌われてるのか?”

『……ちっ、ちが……!』

違う、そうじゃない。と否定したい言葉を慌てて飲み込む。

「顔色悪いぞ。何があった。っていうか、大丈夫か?」

純粋に自分を案じてくれる優しい心と言葉を今、聞きたくはなかった。
いつものように、今まで接してきた人達のように自分の存在を否定してくれれば、どれだけ心を痛めずに済むのだろう。

『…お願い、放っておいて。』

ようやく力を振り絞って出した声は、酷く震えて弱々しいものだと自分でも分かるほど、悲惨なものだった。

頭が痛い。身体が鉛のように重く感じる。
誰とも関わりたくない。誰も受け入れられない。

しかし彼は自分の悲観した心境など知る由もなく、ムッと表情を強ばらせて口を尖らせた。

「何言ってんだ。そんな青い顔して、震えた声してんのに放っておけるわけねえだろ。」

『……っ、放っておいてよ!!じゃないとっ……!』

ーー自分が自分を保てなくなる。

そんな切羽詰まった言葉が喉元まで出てきたところで、突然視界がぐらりと揺れた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
咄嗟に口元に覆った手のひらは、自分の口から溢れ出た血液で真っ赤に染まり、体中の力が一気に抜けてその場に崩れ落ちる。

「おい、しっかりしろ!零っ!!」

次に視界に映りこんだのは、自分の名を必死に何度も呼び続ける、青ざめた轟の顔だった。

自分の体を抱き抱えた彼と触れる場所から、轟の心の中の感情が溢れんばかりに伝わってくる。

ーーどうしちまったんだよ、零!

その一心だけが、彼の心を占領していた。
なんて、純粋で真っ直ぐなんだろう。

「待ってろ、今すぐに病院に……!」

気づけば彼はポケットに閉まっていた携帯を取り出して、電話をかけようとしていた。
こんな状況でも頭の中だけは冷静で、誰かに知られてはまずいと判断した。
そして彼の腕を、ありったけの力を込めて掴んだ。

『だ、大丈夫だから…誰も呼ばないで。』

「だ、大丈夫って何言ってんだ!血ぃ吐いたんだぞ?!大丈夫なわけ……!」

『部屋に薬あるから…それ飲んで少し休めば大丈夫。だから…』

「……っ、わかった。部屋まで運ぶ。」

『ちょ、ちょっと…まって……ゲホッ、ゲホッ』

血液が逆流したせいで、突然の咳が襲う。
彼は更に険しい表情をしたまま、脱力した自分の体を横抱きにして軽々と持ち上げた。

「嫌だって言われても、例え手ぇ払われても、このくらいさせろ。じゃねぇと俺が気が気じゃねぇ。こんな時まで無理すんな。」

“こんな状態で何言ってやがんだ。俺はこの目で大丈夫だと判断できるまで、どんな手を使ってでも離さねぇ。”

『……』

言葉に出した彼の意志を更に強めるような心の声を聞き、とうとう諦めることを覚えると、自然と口元が緩む。

『…ごめんなさい、轟くん。』

掠れた声でそう告げると、彼は無言のまま部屋の扉を開けてベッドの上に優しく下ろしてくれた。

彼に薬の位置を半ば強引に吐かせられ、その強引さとは真逆な扱いで薬を飲ませてくれた。
そして彼は何も聞くことなく床に座り込み、ベッドに背中を預け、大きくため息を零した。

その後ろ姿がやけに大きく見えては、また彼を傷つけてしまった、と悔しくなる。
しかし、何も弁解する余地もなくパタリと意識が途絶えてしまった。



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