得て、失って
相澤とオールマイトが去った今、医務室に残っているのは自分と、バツの悪そうな顔をしてベッドの上に座っている緑谷と爆豪の三人だった。
『さて、と。消灯時間もとっくに過ぎてる事だし、もう部屋に戻って寝なよ、二人とも。』
自分に与えられた処分は、明日から謹慎の彼らを見張ることであって、怒る立場でもない。かといって慰めるほど、彼らの表情は曇っていない。
ヒーローを目指す彼らにとって、授業に遅れを取らせるはこの上ない効き目のある処分法だろう。
だから自分がこれ以上何かを言う必要は無い、と考えその場から去ろうと扉へと向かった。
が、しかし。
「……おい、ちょっと待てや。」
爆豪の地を這うような低い声を耳にし、ピタリと足を止める。
振り返ると、気に入らねぇ。という感情を露骨に顔に出しているのを目が捉えた。
「か、かっちゃん…?」
「おかしいだろ。てめぇ、なんで何も聞かねぇし言わねぇんだ。」
『私が首を突っ込むような事でもないし、説教をするような立場でもないから。』
そう返すと、彼はニヤリと笑ってそれを否定した。
「…ちげぇだろ。」
『…違う?』
「最初この部屋に来た時…いや、相澤先生とオールマイトが去る手前までは、訳分からねぇって顔してやがった。でも、今はちげぇ。ことの事情を全部理解したような面してやがる。」
『……っ、』
「ほぉー。普段無表情なてめぇが、今一瞬顔を引き攣らせやがったな?どうやら当たりのようだな。」
「か、かっちゃん!何を……!」
「るせぇ、デク!黙ってろ!」
口を挟もうとする緑谷を押し黙らせ、彼は続けた。
「そういや仮免試験の時もそうだったな…あの時デクがてめぇに何かを求めて近寄った。それをいとも簡単に察して求めていた言葉を返した。なんでわかった?」
『……何が言いたいの?爆豪くん。』
仮にも年下の彼に、言葉で押しつぶされそうになりつつも、何とか言葉を返す。
嫌な予感がした。彼は普段から、自分を警戒して見ていたから。
授業中でも、比較的冷静さを保ち判断力も長けている節をよく見かけた。分析も勘も、正直プロヒーローの力量と大差ない。
もしかすると、彼はもうーー。
「そもそも、だ。おいデク。てめぇはこのクソ女の個性知ってんのかよ。」
「えぇ?零さんの個性??知るわけないじゃない、か…」
「知るわけない、か。ヒーローオタクであり助けられたことがあるヒーローなのに、知らねぇんだな。」
「ひ、ヒーローオタクは余計だよ!」
「じゃあ、なんで知ろうとしねぇ。憧れてんだろ、あいつに。気にならねぇのか?」
「気にならないわけじゃ、ないけど……」
『緑谷くんを巻き込むのはやめなよ。言いたいことがあるのなら、私にはっきり言えばいいだろ。』
「いや…今のは確認だよバァーカ。」
『確認……?』
「実力があるのにそのヒーロー名は世に知れていねぇ。ヒーロー名すら明かさねぇ。ってことは、有名になるといろいろ支障が出るっつーわけだろ?それはてめぇの個性が、あまり人には言えねぇからだ。そんでもって興味わかねぇはずのねぇデクが大人しくしてるの見てりゃ、自ずと答えはしぼりだせる。」
『……』
「沈黙は肯定に値すんぜ、クソ女狐。そしてさっきのでようやく確信した。」
ごくり、と緑谷が息を飲むのを耳にした。
気づけば彼の言葉に、飲み込まれていくような感覚になり、手に汗を握っていた。
しかし心の準備をする時間を与えることも無く、彼は自信に満ちた表情でそれを口にしたのだ。
「てめぇの個性……人の心を読む個性だな?」
その言葉に、どう返していいのか分からなくなった。
なぜなら彼の推理と試行錯誤して得た結果は、思った以上にしっかりと的を射抜いていたから。
そう悟り、こちらが言葉を詰まらせていると、隣にいた緑谷が再び口を挟んだ。
「ま、まって、違うよかっちゃん!!」
「あぁ?ちげぇって、何がだ。」
「零さんは、えっと、その……個性を簡単に明かさないのは、その…ほんとに強力な個性で……!」
『いいよ緑谷くん。』
誰にも口外しないで欲しい。という約束を未だにずっと守り続けてくれている彼は、何とか当たり障りないよう説明しようと言葉を選んでいた。
しかし隣に座る彼は、もはや推測ではなく確信めいた顔をしている。
今ここでデタラメを並べたでっちあげの空想話をした所で、きっと彼は納得するわけはない。
それになぜか彼らを…今まで接してきた人達と同じように、何がなんでも欺こうという気にはなれなかったのだ。
『私の個性は、緑谷くんも知っている個性、“結界”。そしてもうひとつは、君の言う通り“読心”。人の心を読む個性だ。』
「……そ、そんな…、零さんが…個性を二つ…?!」
「はっ……やっと本性表わしやがったな、てめぇ…」
自分の姿、表情がどういうものなのかは、彼らの驚きと共に恐怖心を覚える表情を見ればひと目でわかる。
自分の心を読まれることに怯えているのか。
それとも、この能力を隠して使い続けていた自分に酷く嫌悪感を抱いただろうか。
結界の個性だけを知っていた緑谷にも、知られてしまってはもうあの優しい声を聞けないだろう。
『…敵っぽい個性。チート級な個性。それとも…人に嫌われる個性…?君たちが私の個性を聞いて明らかになったところで、正直言ってどうとでも思えばいい。』
「……っ、」
今まで築き上げてきた、1-Aとの信頼関係も絆も。
今の一言で、きっと全てを失っただろう。
彼らが今明かした真実を、他の生徒に秘密にする理由もない。
明日にでもなれば、きっとクラス全員に轟くのが当然の結果だろう。
『ちなみに緑谷くんに口止めをしてたのは、人に言えないような個性だからというだけの理由じゃない。私はヒーローの中で最も危険で重大な隠密任務につくから…そう易々と他人に何かを打ち明けられる身じゃない。個性を敵に知られてしまえば、失敗に終わる場合もある。それだけは理解して欲しい。個性を知られてしまった以上、私が今後君たちに触れることは無い。
でも……例え君たちに何を言われようと、どう思われようと、君らを守る任務は続行する。それが私の進む道だ。』
そう吐き捨てて、静かに部屋を後にした。
最後まで言葉を返せず、目を見開いて驚きと動揺を露わにしていた二人の表情が脳内に焼き付く。
ーーいや、彼らは間違ってなどいない。
今までだって、自分の個性を知っている者は同じ表情をしてきたじゃないか。
そしていつしか自分も他人に接触することを恐れ、殻にとじこもるように山奥の屋敷にいたんだ。
それでもこの能力を人々の平和のために使えるようにと、ヒーローになったんじゃないか。
そうだ。
それならばせめて、彼らが無事プロヒーローとなって世に羽ばたけるようになるまで。
自分を少しでも普通の個性を持つ人間のように接してくれた暖かい彼らだけは。
何がなんでも敵から守り抜く。
それが唯一自分ができる、1-Aの生徒たちに対しての償いと、感謝の気持ちを表すことだ。
零はそう強く意志をかため、一人自室へと歩み始めた。