朧月
零は、結局昔の事を思い出してしまったせいで、スクリーンで実況中継をやっている最中もどこか心ここに在らずで、気づけば試験は終わってしまっていた。
相澤に呼ばれ慌てて席を立ち、会場の外へと向かった。
他の高校の生徒達が次々と退場してくる中、ようやく見知った顔の生徒達が現れ、どことなく安堵した気分になる。
しかし。
喜んだ表情でこちらに駆け付けてくる生徒達が大半の中、轟と爆豪だけはギラギラと輝いた別の目をしていた。
こちらの目線に気づいた轟は、他の生徒が散っていったのを確認すると、すぐさま傍と駆け寄り、眉を下げた。
「…わりぃ。一歩近づくなんて宣言しといて、試験落ちちまった…」
『それ…気になってたんだけど。それ、どういう意味?』
そう尋ねると、彼は一度口を噤んだ。
何やら思うところがあるらしく、しばらくそれを待つと、ようやく話すことを決意したのか、彼は情けなく笑った。
「…俺はあんたから見れば年下だし、頼りにならねぇって事はわかってる。でも、仮免取得できたら…少しはあんたに近づいて、いざとなったら一緒に闘えるって思ったんだ。」
『…っ、』
「今回は無理だったけど、講習受けて今度は仮免とって、必ず零に追いつく。俺は、あんたと肩を並べて歩きてぇ。いつか背中を預けられる程信頼できるくらい強いヒーローになるから。」
『…どうして……』
「あんたと同じような目をした人を、昔からよく見てきた。知ったふうな口を聞くつもりはねぇが、なんとなく……一人でずっと生きてきたあんたは、人に頼り方を知らねぇんじゃねぇか、って見てて思った。だったら、零が頼りたいと思えるヒーローにならなきゃ始まらねぇだろ。」
フッと鼻で笑う彼の表情に夕日が差し込み、オッドアイの目が輝きを魅せる。
零は溢れだしそうな感情に、思わず口に手を覆った。
轟はその行動を見て、自分の考えに確信を持ったのか口角を上げた。
「とにかく、ぜってぇ追いつくから。それまで勝手にどっかいなくなるんじゃねぇぞ。」
『…うん。』
この時彼が、彼の母親と自分を重なってみていたという事実を知る術はなかった。
ただ、その輝いた瞳に心の中を少しだけ見透かされたような気がして。
こんな短時間で自分の事を本当に見てくれる人がこの世に存在したなんて、思ってもいなかった。
零れ落ちそうになる涙を必死に押さえ込み、目の前にいる優しい彼になんとかはにかんだ笑みを見せた。
轟はそれを見て、嬉しそうに優しく微笑んだ。
そんな穏やかな空気が流れる中、彼の元へ試験前に現れた夜嵐イナサが走りながら現れ、その勢いある登場の仕方に思わず身体を反らした。
「おーい、おーいっ!轟、また講習で会うな!けどな、正直まだ好かんっ!!先に謝っとく!ごめん!!そんだけぇぇっっ!!」
『……』
随分と自分の気持ちを正直に話す人だ、と思った。
都会の世界には、いろんな種類の人がいる。
案外自分が見てきた世界は、かなり狭いものだったのかもしれない。
そして彼らを見ていると、どこかで期待すら抱いてしまうのだ。
ーーもしかしたら、彼らなら自分を……嫌いにならずにそばに居てくれるのかもしれない。
まるで朧月のような…そんなぼんやりとした感情を抱きながら帰宅のためにバスへと乗り込んだのだった。