-轟-


そろそろ消灯時間を迎える頃。
轟焦凍は自室へ向かう前に、零の部屋を訪れた。

ちゃんとしっかり眠れているならそれでいい。
ただもし、零が何かして欲しい事があるのなら、という軽い気持ちで向かった。

万が一寝ていることも考慮して静かに扉を開けると、ちょうど零がベッドから起き上がろうとして、ふらついて倒れそうになる瞬間を目撃した。

「零ッ!」

慌てて駆け寄り、床に倒れる前に彼女の身体を抱きとめる。

間一髪で何とか間に合った事に安堵の息を零すと、腕の中に収まっている零は驚いた表情でこちらを見た。

『しょ、焦凍?』

「何やってんだ、寝てなきゃダメだろ。」

『あ、うん…そうなんだけど、ちょうど飲み物を切らしちゃって……』

「なら俺がとってやるから、零はとにかく寝てろ。」

『うん……』

ひとまず彼女をベッドへ寝かせ、冷蔵庫に栄養水を取りに向かった。
手のひらには触れた零の体温が残っていて、平熱とは程遠い熱さなのが分かる。

零へ冷えたペットボトルを手渡してから、ベッドの端に腰を下ろして、彼女の額に手のひらをあてた。

「…やっぱ、まだだいぶ熱があるな。しんどいだろ、大丈夫か?」

『……』

「…零?」

問いかけに答えない零は、目を閉じて頬を緩ませて何かに浸っている様子だった。
不思議に思って彼女の名を呼ぶと、零は慌てて手のひらを左右に振り、答えた。

『え、あ、ごめっ!焦凍の手のひらが氷のように冷たかったからその、あまりにも気持ちよくて、つい……』

「俺の手、気持ちいいのか?」

『……うん。いつもは温かいけど今日はひんやりする。個性の利き腕のせいかな?』

そう言われて、無意識に右手で触れていたことに今更ながら気づいた。

どうやら彼女にとっては、自分の手のひらの体温は個性に準じて右手は冷たく、左手は温かいらしい。

理由はどうであれ、右腕に嬉しそうに頬を赤らめて縋り付くようにする零があまりにも可愛らしく、気づけば笑みを浮かべていた。

「そんなに気持ちいいか、これ。」

『っあ、ごめん!つい……』

「いや、零が喜んでくれるんなら、いくらでも触れてくれていい。」

そんなことでそばに居る口実ができるのなら、喜んでこの身を授けてやりたい。
そう思っての発言に、零は更に顔を赤らめて俯いた。

『個性を利用するみたいな発言してごめん、失言だった…』

「個性だろうとなんだろうと、零に必要とされるのは俺も嬉しい。……熱が少しでも下がるといいんだけどな。」

『うん。なんか、これなら下がりそう……』

「じゃあ、隣で横になっていいか?」

『え、でも……』

「俺がこうしてたいんだ。少しでも、零のそばに居たい。」

せめて弱った時だけでも、彼女の隣にいたい。
そんな想いが届いたのか、少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、小さく首を縦に振った。

許可も得たところでベッドへ横になり、零の前に腕を差し出してやると、さっきと同じように首を伸ばして目を閉じ、嬉しそうにぴっとりと体を寄せた。

いつもより幼げに見える零は、まるで猫のようで、本当に愛らしい。

この艶やかな白い髪が。
凛としたよく通る綺麗な声が。
触れると崩れてしまいそうなほど細くて華奢で、それでも強くある零が。

腕の中にすっぽりと収まるだけで、愛おしさが増して離し難くなりそうだ。

そんな欲を膨らませる中、零は少しだけ顔を上げて、上目遣いで名を呼んだ。

『ねぇ、焦凍。』

「…どした?」

『……ありがとう。気にかけてたから、様子見に来てくれたんだよね?』

「あぁ……そりゃ、突然倒れたし。心配だったからな…」

『ごめんね……』

謝罪の言葉をこぼした零の声は、酷く弱々しく悲しげだった。

彼女にとって、心配=迷惑なのだろうか。
ふとそんな疑問を抱いては、零の続けた話に耳を傾けた。

『でも、こうして気にかけてくれることって、凄く嬉しい。焦凍はいつも、私が言う前にいろいろ考えて動いてくれてるから、本当に私のことよく見てくれてるなって思うよ。』

「……」

『ありがとね。私、焦凍のそういうとこ、凄く素敵だと思うし、す、き………だ…』

「え?」

徐々にフェイドアウトしていく声に違和感を感じ、零の顔を見れば、既に眠りについてすやすやと寝息を立てていた。

「……」

最後の言葉が聞き間違いだったのだろうか。
いや、もし仮に“好き”という言葉だったとしても、自分が彼女を思う意味とはまた別の意味合いだろう。

それでも今はただ、零が素直に零してくれた言葉に浸り、その小さな体を強く抱き締めた。

「…早く良くなれよ、零。じゃねぇと、流石の俺も、何もせずにはいられねぇよ。」

情けない声でそんな独り言を言っては、彼女の安らぐ香りに包まれたまま、気づけば眠りについていたのであった。


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