-爆豪-


爆豪勝己は日付が変わる頃、自室を出て零の部屋へと向かっていた。

寝付こうにも彼女が倒れた時の記憶が頭の中でちらついて、集中を妨げられてしまうのだ。

あの時。
零がふわりと体を揺らし倒れる瞬間、まるで時間がゆっくりと流れるような感覚だった。

傍に駆け寄って彼女を抱き抱えると、いつも逞しく見えるその姿は、華奢で重みを感じないほど軽く、熱かったせいで、更に酷く動揺した。

ーー死んじまうかと思った。

零が傷を負う姿を見たことがあっても、内面的に病に侵されるところは初めてだった。
普段痛くて動けないほどの痛みでも大抵耐えられる彼女が、あんなにも辛い表情をしていた事は、それほど衝撃的だったのだ。

今どうしているだろうか。
ちゃんと薬を飲んで眠れているだろうか。
ご飯はしっかり食べれただろうか。

そんな考えが浮かんではかき消し、浮かんではかき消しの繰り返しして、結局居てもたってもいられなくなったというのが本音だ。

ようやく辿り着いて、敢えてノックをせずに静かに扉を開けると、驚くことにそこに零の姿は見当たらない。

「……アイツ、どこ行きやがった……!!」

まだ安静にしてなければいけないのに、一体どこへ何しに行ったというのだろうか。
慌ててその場から駆け出し、寮内を全て回る覚悟でひとまず共用スペースへと向かうと、早くも探していた人物の姿を見かけ、足を止めた。

「……おい、零。何してやがる。」

『え、かっちゃん……?』

暗闇の中、一人ソファにもたれかかっている零の姿は、やはりまだ熱で辛そうな様子だった。

「全然治ってねぇだろーがっ!何で動くんだよ、クソが!」

『ご、ごめ……薬飲もうと思ったんだけど、少し何か食べようと思って、その…』

病気のせいか、普段よりも圧倒的に弱々しいし、すぐに引き下がる零に違和感を感じる。
余程身体がしんどいのだろう。

誰かに頼ればいいものの、こんな時間に起きて1人で何でもやろうとするあたりは、零らしいと呆れつつ、大きくため息を吐いて後頭部をかいた。

「……何食いてぇんだ。」

『……え?』

「何食いてぇんだって聞いてんだよ!俺が作ってやるっつってんだ!さっさと言えやッ!!」

『えぇっ?!言ってないよ??っていうか、悪いよさすがに!』

突然怒鳴られて怯えつつ、しっかりと気を使う彼女が更に苛立ちを募らせる。

優しく接するのは苦手だ。
轟のような優しい物言いもできないし、緑谷のように素直に自分の気持ちを相手に伝えられるようなタイプでもない。
それでも、零にはできる限り甘えて欲しい。頼って欲しいと欲が出るのだ。
だからこそ、この場で引き下がるわけにはいかなかった。

「悪いってなんだよ。てめぇ、俺がメシのひとつも作れねぇとでも思ってやがんのか?あァ?!」

『お、思ってません、けど……』

「じゃあいいからさっさと言え。」

『うーん……お粥かな。食欲あんまないし……』

「お粥じゃ栄養取れねぇだろうが。…しゃーねぇな。食いやすいもん作ってやる。」

『あ、ありがと……ご、ございます。』

「ひとまずてめぇは部屋に戻させるからな。できたら持ってってやるから大人しく寝てろ。」

『わわっ、』

強引に身体を横抱きにし、ひとまず彼女の部屋へと向かった。
ベッドに乱雑に下ろしたあと、扉を閉めてはニヤリと笑みを浮かべた。


勝った!!

心の中でそう叫び、彼女の遠慮する気持ちをねじ伏せた事に喜びを抱きながら、早々に共用スペースへと戻り、料理を始めた。


ーーー

数分後。
小鍋に出来上がった卵粥を持って零の元へと訪れる。
一応言われた通り大人しくベッドに横になっているのを見ては安堵し、ベットの隅の方に腰を下ろして彼女へトレイごと差し出した。

「ほら、食えよ。」

丁寧に蓋も開けてやると、香りにつられて零が身体を起こし、目をキラキラと輝かせた。

『わぁ、美味しそう!かっちゃんありがとう!』

そう言ってすぐさまレンゲを手に取り、ふーっと息をかけて少し冷ましては口の中に含む。

『かっちゃん、美味しい……』

「当たり前だろーが。俺を誰だと思ってやがる。」

『ほんと、なんでもこなすタイプだね。かっちゃんって。』

そう零した後、再びがつがつ食べる零を見て、少しだけ安心感を得た。
どうやら順調に回復しつつあるらしい。

安堵の息を吐いては、頬杖をつきながら食事をとっている零の様子を眺め、独り言をこぼした。

「“まずは胃袋を掴む”ってか……」

『え、胃袋?何の話?』

「な、なんでもねぇよ!さっさと食えや!」

まさか聞かれていたとは思わず、慌てて強引に意識を逸らさせる。
零は不思議そうな顔をしながらも、言われた通り食事を再開し、ものの数分で完食した。

『ご馳走様です。本当にありがとう。』

「次は薬だろ。どれ飲むんだ。」

『えっと、そこの奥の二つかな』

ベッドの横にある棚を指さして答える彼女に従って、水と薬を取って差し出す。

零は一言お礼を言っては素直に薬を飲み、嬉しそうに笑った。

『ほんと、ありがとうかっちゃん。随分助けて貰っちゃったね。』

「んな事はいーんだよ。とにかくてめぇは今、早く治すことだけ考えろ。じゃねぇと、俺が特訓できなくて困るだろうが。」

最もらしい理由をこじつけてそう言うと、零は「なるほど!」と零して身体を倒した。

なるべく普通に振舞っているものの、さっき抱き上げた時の体はまだ熱が高く、ふとした時に見る彼女の顔はまだ辛そうだった。

「……他になんかやって欲しいことあるか、零。」

『え?』

「いや……また勝手に動かれて悪化されても困るからな。てめぇが寝るまでここで見張ってやる。だからさっさと寝ろや。」

聞こえていなかったのをいい事に、らしくない発言を撤回し、虚勢を張る。

本来ならこんな言葉を言ったって、大抵の奴は余計なお世話だの、結構だのと断られるのが在り来りだが、零はどちらでもなかった。

『ありがとうかっちゃん。やっぱ、優しいね。』

「……」

自分のことを優しいという女は、恐らく地球上を探してもコイツだけだろう。
取り繕った暴言を吐いても、思わず零れてしまった悪態も、こいつだけは全部見抜いて柔らかく受け止める。

ーー今の言葉だって、ただ自分が零のそばに居たいという下心があってのものだったというのに。

「……敵わねぇ。」

はぁ、と深くため息を零すこちらの様子を不思議そうに眺める零の頭をわしゃわしゃとかき回し、目を逸らしたまま静かにこぼした。

「早く治せよ、クソ零。」

『うん。治ったら、お礼にかっちゃんの言うこと何でもひとつ聞くね。』

「………………は?!」

彼女が小さくこぼした言葉の意味をようやく理解し、間抜けな声が落ちる。
慌てて振り返って“何でも”がどこまでを指すのか確認しようとした矢先、その目に映ったのは小さく寝息を立てている零の寝顔だった。

「……ったく、寝付くのはえぇんだよ、バーカ。」

呆れてそんな独り言を零しては、無防備な子供っぽい寝顔にフッと笑った。

“かっちゃんの言うこと何でもひとつ聞くね。”

そう宣言した彼女の表情を思い出しては、そっと額に唇を当て、平らげた食器を手に取り立ち上がった。

「……今回はこれでチャラにしてやるよ。」

本人に聞こえるはずもない独り言を吐き捨てては、満足気な笑みを浮かべて零の部屋を後にするのだった。


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