-相澤-


「先生、これ私たちクラスの女子からだよ!」

放課後。そんな声と共に一つの小包みを手渡された。
相澤消太はそれを受け取りつつも、複雑そうな表情を浮かべてもの苦しそうに言葉を返した。

「バレンタインか…そういえば今日はそんな日でもあったな……その、気持ちはありがたいんだが、俺は…」

『あら?教師たるものが、生徒の心を込めた手作りのお菓子をまさか無駄にするような発言するなんて事は…ないですよね?』

いつどこからやってきたのか、腹黒い笑みを浮かべた零が突然隣に姿を現し、思わず体を仰け反らせた。

その間に芦戸達は早々に目の前から走り去り、気づけば零と二人きりにさせられている事に気づけられない程、この時は目の前の恐ろしい一人の女に狼狽えていた。

「な、なんだお前…聞いてたのか。」

『当たり前ですよ。昨日の夜、皆で強力して頑張ってつくったんですから。甘いの苦手でもちゃんと食べてくださいね?』

「…なんかお前、日に日に生徒愛が増してってないか…?」

『そうですか?自覚はないですけど…でも、皆いろんな事に全身全力で挑戦したり、考えたりで楽しそうだったので…今回はつい、協力しちゃいました。』

小さく笑ってそう零す彼女に、直感が働いた。
そういえば昨日、零から放課後に子供たちと出かけてくるという連絡が入っていた。
恐らくあの時に、材料を買いに付き添ってやったのだろう。

「もしかして、零が教えたのか、これ。」

『えぇ。作り方を悩んでましたので、ちょっとずつアドバイスしながら…でも、手はほとんど出してないので間違いなくあの子たちが作った手作りですよ。』

誇らしげにそう話す彼女を見て、嬉しい反面少しだけ肩を落とした。
この様子だと、バレンタインの意味を完全に知ってしまった事になる。
今までは誰かに教えてもらうような機会もなかったので、逆に安心すらしていたが。
零がその存在を知ったとなると、彼女からチョコレートをもらいたい…なんて思うような輩が増える気がして、保護者兼彼女の身を守る自分としては些か複雑な思いになるのだった。

そんな中で、彼女は走り去っていた生徒達の背中を見送った後こちらへと向き合い、『はい、どうぞ。』と小さな小包を手渡してきた。

手のひらに乗せられたそれは、どう受け取っていいものなのかと僅かな時間で必死に思考を凝らした。
本来のバレンタインデーの意図としては、好意を寄せている相手に自身の想いを告げると共に、チョコレートを手渡すものだった。
近年ではそういう考えは薄れ、日ごろお世話になっている人や感謝の気持ちを込めて渡す傾向も増えているが、これはどっちと捉えたらいいのだろうか。

性格上後者であるのは理解しているが、どうしても自分の中では前者であって欲しいと切に願ってしまう部分もあり、困惑した。

『えー…無反応ですか。これ、私からですよ。ちゃんと甘いのが苦手な消太さんでも食べられるように、糖分調整しましたから。』

「お前、これ…どういう意味で…」

勇気を出して、恐る恐る尋ねてみると彼女ははにかんだ笑みでこう返した。

『いつもお世話になってる消太さんに、感謝の気持ちと、これからも末永くよろしくお願いします、という意味を込めてです。』

「……っ、」

微かに頬を赤らめてそんな言葉を告げる零の様子は、自分にとって動揺させるには充分だった。

もちろん彼女の言った言葉に、異性としての意味は無いのは理解しているが、それでもこの先も自分を必要としてくれているという意味を改めて口にされると、どうしても嬉しさが抑えられなかった。

頭の中で何度もその言葉の余韻に浸りながらも、フッと息を吐いて笑った。

「……そっか。ありがとな。」

『はい。また来年も作りますね。』

そう言って早々にその場をさっていく彼女の背中を眺めながら、ごく当たり前のように来年もそばにいてくれる約束をした彼女に心を温めつつ、職員室へと足を動かした。

小包の中を開け中身を確認すると、小さなシフォンケーキが入っていた。

ひとくちかじるとほのかに甘さがあり、けれど確かに彼女の言った通り市販のものよりもかなり控えめの甘さだった。

「……相変わらずうめぇな。」

そんな独り言を零しては、職員室にたどり着くまでの長い廊下を、昔零の手製料理を食べていた頃の微笑ましい思い出を振り返って歩いたのだった。



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