-轟-
そろそろ眠りにつこうかと思っていた頃。
自室の部屋がノックされ、ドアを開けると零の姿があった。
『あ、ごめん。もう寝るところだった?』
「いや…特にやること無かったからな……とりあえず中、入るか?」
『うん、ありがとう。』
申し訳なさそうに眉を下げる彼女をひとまず招き入れ、座布団へと誘導する。
零は始めてきた自分の部屋が新鮮なのか、周囲をキョロキョロと見渡しながら、静かに座りつつ背筋を伸ばした。
『えっと、あの…突然ごめんね。』
「気にすんな。それより零が俺の部屋に来るなんて、なんかあったのか?」
そう尋ねると、彼女は更にピンと背筋を伸ばしつつ顔を下に向けては、自身の背中に手を回した。
そしてそこからひとつの小包が姿を現し、二人の間にあるテーブルの上におかれ、僅かに頬を赤めた零が小さな声でこう言った。
『これ…焦凍くんにはいろいろいつもお世話になってるから…良かったら受け取って貰える?』
「俺に、くれるのか……?」
突然目の前に差し出された、恐らくバレンタインと関係のある小包を見て、一瞬夢なのではないかと疑った。
しかし目の前にいる零は、ぎゅっと目を閉じてこったが受け取るのを待っている様子にとれる。
夢だろうが現実だろうが、とにかくそれを受け取らないわけにはいかない。と、ひとまずそれを手に取って再び物珍しそうに眺めた。
「なんか、すげぇな。貰えると思ってなかったから、実際こうして貰えると、すげぇ嬉しい。」
『ほんと?』
ぱっと表情を赤らめて喜ぶ零の顔を見て、可愛さゆえに顔が緩む。
開けていいか?と尋ねると、彼女はその小さな頭を何度も縦にコクコクと振り、じっとこちらを見つめた。
丁寧に開けると、そこには小さな和菓子がいくつも入っており、花の形をしたものや松の形をしたもの等、どれも一つ一つ手の込んだものだと一目見てわかるものばかりだった。
「これ、零が作ったのか…?」
『あ、うん。和食とか好きだって前に話してたし…変にケーキとかにするならこういうのの方が食べやすいかなって。』
「…時間かかったろ。」
『時間はかかったけど…作ってる時にね、これあげたら喜んでくれるかなーとか、いろいろ考えてたら全然気にならなかったの。』
そう応えた彼女があまりにも可愛らしく、愛らしさが込み上げてくる感覚を覚えた。
「…ありがとな。すげぇ嬉しい。」
『良かった!私、あの時のお礼がずっとしたくて……』
「あの時のお礼?」
首を傾げると、彼女の口からその説明が始まった。
雄英高校に来た時、自分自身すら受け入れられなかった個性をすんなり受け入れた事。そばに居てくれると言った事。
そして頼れるような存在になりたいと言った事。
どうやら何気ない自分の言葉が、彼女にとってはかなり救われる言葉となって心に強く残っているようだった。
今回渡した和菓子は、今までのそんな言葉をくれた自分に感謝の気持ちを伝えたいがゆえに作ったものだとわかった時、心の底から嬉しさが湧き上がってきた。
「……礼を言うのは俺の方だ、零。」
『え?』
自然と零れた言葉に、彼女が不思議そうに首を傾げるので、「いや、なんでもねぇ。」と濁した。
正直に言えば、零の存在に助けられ、背中を押されたことは自分も今までに沢山ある。
そしてなお、未だにこうして気にかけてくれることがあるからこそ、毎日頑張ろうという気にもさせてくれていることを、改めて実感したのだった。
「…そばにいてくれるだけでいいと思ってたのに…こういうの貰っちまうと、どんどん欲が出るってもんなんだな。」
『欲…?』
「今度は、俺が零の喜ぶ顔がみてぇ。だからホワイトデー、ちゃんと返させてくれ。」
『えぇっ?!いいよいいよ、そんなの!これは一方的に渡したものだし…!』
「ダメだ。そういうもんだろ。」
『そういうもん?っていうか、ホワイトデーってなんだ……?』
顎に手を当てて更に首を傾ける彼女に、自然と笑みを浮かべ、幼くも見える優しくその頭を撫でた。
「そのうち分かる。零、本当にありがとな。今まででもらったどのバレンタインよりも、嬉しいかもしれねぇ。」
『そ、そんなに…?でも喜んで貰えてよかった。これからも、よろしくお願いします。』
彼女はそう言って深々と頭をさげ、時計を見ては消灯時間が過ぎてるのに気づき、慌てて部屋を出ていってしまった。
まるで嵐のように去っていってしまった彼女をポカンと見つめつつも、再び目線を和菓子へと下ろす。
ふと、これを作った時の零の必死さを想像してみたら、またしても口元が緩んだ。
「案外バレンタインデーってのも、悪くねぇな。」
そんな独り言を零しては、そっと口に和菓子を運び、優しい甘味を噛み締めるのだった。