朧月


仮免試験の待機室は、受験する者のみしか入場できない。
相澤は先に観客席の方へと向かい、零は入り口前で生徒達の背中が見えなくなるまで見送ろうとその場に立っていた。

特に何か言うつもりではなかったが、こちらの姿に気づいた緑谷が傍へとやってきて「あの…」と眉を八の字にしながら控えめに声をかけてきた。

『…?』

何か言い辛そうにしている彼を見て、首を傾げる。後方では何事かと、他の生徒達がこちらに目線を集中させている。
その環境が、その空気が余程彼の気持ちを押し込めようとしたのか、更に口を噤んだ。

しばらく緑谷を見つめた後、彼に触れることを躊躇していた自身の手を、ふさふさな緑髪の頭へとそっと添え、ぐいっと持ち上げて強引に目を合わさせた。

「い、いたたっ!!」

『下を見るな。前だけを見ろ。自信を持て。この日のために全力で訓練してきたし、実習も励んだ。仮免試験っていう大きなイベントだとは思うけど、君がやる事は一つだけだよ。』

「…一つ、だけ…?」

『今まで学んできた事、身に着いた事。全部全力を出して挑む。それならきっと、仮試験がどんな試験内容だろうと、合格できる。だから…がんばれ。』

優しく言えているだろうか。励ましの言葉になっているだろうか。
そんな安っぽい言葉で、彼の心を動かせるかはわからないが、俯く緑谷を見て咄嗟に浮かんだ言葉はそれだった。

彼は予想外だったのか、しばらく唖然とした様子でじっと見つめ、やがて不安に満ち溢れていた表情から、ぐいっと口角を上げた。

「はいっ!頑張ってきます!!」

『うん。その調子。』

「なんか緑谷だけずりぃな。俺たちも同じようにやってくれよ、零さん!」

『え…?う、うん。』

緑谷の頭を優しく撫でると、他の生徒達も近寄って頭を差し出す流れに驚いては、彼と同じようにみんなの頭を優しく撫でる。

相変わらずこちらに警戒心むき出しの爆豪は、それを離れた位置から鋭い視線で眺め、ケッと吐き出して先に中へと進んでいくのを確認した。

「よぉし!なんかテンションあがってきたぜ!」

「零さん!後で試験結果聞いてね!」

「なんかプロヒーローに背中を押してもらうのって、結構心強いな…」

「いってくる、零。必ずあんたに一歩近づくから。」

「零さん!いってきます!」

各々がそう零しつつも、背中を向けて待機室の方へと駆けていく。
そんな小さな背中を見つめながらも、昔自分が試験を受けに来た事を思い出していた。

ーーーーあんな風に、励ましあえる仲間がいたら違ったのだろうか。

父が生きている頃、自分に言った。
お前に人と慣れ合うような資格はない、と。
お前のような恐ろしい個性を持つ人間を、誰も傍におきたいとは思わない、と。
お前は一族の恥だ。お前は異端の娘なんだ。

お前など、産まれてこなければよかったのに…悍ましい。

父が吐き捨てるように、何度も何度も自分に言った言葉だった。
そしてそれがやがて、自分もそうなのだと洗脳されていく。

ーーー私は、産まれてきてはいけない存在だった。

わずか六歳にしてそう考えた。

そんな父も、十三になる頃に失った。
その時、他に身寄りのいない自分がこの後どうやって生きていけばいいのか、生きる価値があるのかという事について悩んでいた。

でも、ある一人の男は言った。
その力があって良かったと思えるような…その力で誰かを守れるものだと証明すればいい、と。
学校も通わず毎日自宅で勉学に励み、身体能力も個性のコントロールも磨いてきた成果を、そこで示してみろ。

父親が言ってきた言葉など、間違っていたと証明してやれ!!

そんな初めて一言に流され、たった一人でこの試験会場に来て、今見送った彼らのように仮免を取得し、その翌年にプロヒーローの資格を手に入れた。
もう少し生きていてもいいのかもしれない、と思えるようになった。

あの時背中を押してくれたヒーローは、もうこの世にいない。
“彼”が自分にしてくれたように、私もヒーローを目指す誰かの背中を押してやりたい。

そんな気持ちになりながら、ようやく踵を返して相澤の元へと向かった。


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