-爆豪-


消灯時間も過ぎ、ようやく女子生徒達が自室へと戻った後。
再びチョコレート作りへと励んでいる中で、ドアをノックする音を耳にし手を止めた。

『…どうぞ?』

誰だろう…と思いつつもそう返すと、予想以上に勢いよく扉が開き、不機嫌そうな爆豪が現れた。

『わっ、かっちゃん!』

「テメェ、何夜中にこそこそやってんだ!そんな暇があるなら俺の組手付き合えやクソがッ!」

鋭い目になった彼がズカズカと部屋へ入りこむも、テーブルの上に並んでいる調理器具や部屋中に漂う甘い香りに気づいたのか、目を点にして硬直した。

「な、なにやってんだ…」

『いや、クラスの女の子たちに“バレンタイン”っていうの教えてもらったから…ちょっと作ってみようかなって…。』

「…ふぅん。」

絶対茶化される、と思いつつ素直に白状した言葉に、彼は意外にもすんなり受け入れてはドカッと勢いよくベッドの上に座り込み、腕を組んでこちらをじとりと見つめた。

「…俺の分、あるんだろーな。」

『え?いや、あるけど…っていうか、何やってんの?』

「はぁッ?!見て分かんねぇのか!出来上がるの待ってんだよッ!!」

分かるわけないだろ。
そう喉に出かかった言葉を飲み込みつつ、小さく肩で息を吐いた。

「んだよ。俺がここで作るの見てやるって言ってんだ。なんか文句でもあるのか?」

『ないない。ないです。もう、明日寝坊しても知らないからね。』

「俺がそんなヘマするかよ!いいからさっさと作れや!」

『もー、怒鳴らないでよ。』

そんな情けない声を零しつつ、背後にある鋭い視線をきにかけながらも再び作業に取り掛かった。
爆豪の行動は、正直言っていつも読めない。
今日は特に稽古をつける日でもなかったし、彼がこういうイベント事を気にするようなタイプとも思えない。
失礼な話ではあるが、何より性格と外見からしてチョコレートが好きなようにはとても思えない。

こういう時は、気にしないのが一番だ。と自分に言い聞かせ手を動かしていると、彼が肩に顎を乗せつつ覗き込んで手元を見た。

『な、なに…?』

「そんなにゆっくりメレンゲ作ってたら、温度が伝わって綺麗に角が立たねぇじゃねぇか。お前の力じゃ役不足だ。貸せや。」

『えっ…、あ…』

そうこう言う間に、持っていたボールと泡だて器が取り上げられ、隣に立った彼が手際よくメレンゲを作り始めた。
最初は不安に思ったが、慣れた手つきに加え彼の言った通り力加減で綺麗に仕上がるという事を目の当たりにし、不覚にも感心してしまう。
彼の意外性は他にもあった…だなんて思いつつぽかんと口をあけて見とれていると、再び彼の罵声が飛んできたのだ。

「何じろじろ見てやがんだっ!テメェは他の作業にさっさと取り掛かれや!」

『いやぁ…かっちゃんって、本当になんでもこなせるタイプなんだなぁと思って…。素敵だね。』

「…っ、」

素直に零した感想に、なぜか彼は一瞬で頬を赤らめて手を止めた。

あれ、何か変な事言ったかな…。
そう思う矢先、彼はくるっと背中を向けて再び手を動かし始めた。

「これは俺がやってやる。あとはテメェがやれや。」

『う、うん。ありがとう…』

怒ったり、照れたり、怒鳴ったり、静かにボソッと零したり…
喜怒哀楽が激しいタイプなのか、本当に一つ一つ行動が読みにくい。

それが爆豪勝己という少年であり、同時にありのままで接してくれるのは、自分も素でいていいと言ってくれるようで、なぜか彼と一緒の空間にいるのは居心地が良く、自然と口元は笑みを浮かべていたのだった。


ーーーー

爆豪勝己は、今目の前にいる華奢な一人の女を見て、大きくため息を零した。

「…オイ。」

後半から楽しくなって無我夢中に手伝っていると、気づけば作り終えた零がテーブルにもたれかかってうたた寝をしている光景を目にしたのだ。

声をかけても起きない。揺すっても起きない現状からすると、慣れない事をしたせいで余程疲れているのが分かる。

「…ったく、なんで俺が…!」

そんな独り言を零しつつ、零の体をそっと抱き上げてベッドへと寝せ、何となく彼女の寝顔をじっと見つめてみた。

こうしてみていると、国の均衡を保つために任務につく“隠密ヒーロー”にはとても見えないうえに、ただの一人の女に見える。
加えてよほどチョコレート作りが楽しかったのか、口元にどこか笑みを浮かべているような様子がうかがえた。

自然と笑みが遷り、口元を緩める。
今日ここに来た理由は、大方女子生徒達から明日のバレンタインの話を聞いて、また一人で無茶をして頑張って作ってるのではないかという考えが浮かんだからだった。

案の定来てみれば、一人で作るにはかなり時間がかかる量を手掛けていて、徹夜でもするつもりだったのか、と呆れる程必死になっていたという訳だが。
気づけば零のペースに巻き込まれて、まさかの自分がチョコレート作りに加勢して、挙句の果てに眠ってしまった彼女を寝かせてやる事になるとは思ってもみなかった。

そう考えると、本当に年上で尊敬に値するプロヒーローなのか…?と疑いたくもなりつつ、静かに部屋を去ろうと体をくるりと扉へ向けた。

その時。

テーブルの上に置かれている一つの透明の袋に目がついた。

手書きで“かっちゃんへ”と書かれた包装が丁寧にされている。
中を開けると、彼女が夜な夜な作り上げたチョコシフォンケーキが入っていた。

しっかり名前が書いてあるし、彼女が“かっちゃん”と呼ぶ人間は自分くらいしか心当たりがない。
もらっていいものだと思う。
ただ、こうしてちゃんと手作り感があるものをもらうのは初めてで、正直どうしていいのか分からなかった。
しかしそれと同時に、もし零が起きて直接渡すことになれば、それはそれで恥ずかしくて受け取れる気がしない。

それなら今本人が眠っている間にもらっておこうと、そのまま口に放り込んだ。

「…うめぇな。」

元々甘いものはさほど得意ではないのか、それを考慮したのか市販のものよりも甘さが控えめに作られているのが分かる。
彼女なりに、いろいろ考えて選んでくれたのだろうと思うと、自然と穏やかな笑みを浮かべた。

ものの数分で完食し、ようやく部屋を出ようと扉のノブへ手をかけた瞬間。

『…かっちゃん、いつもありがとう…』

「…っ、?!」

微かに聞こえた彼女の声にびくりと反応し、起こしてしまったのではないかと慌てて振り返る。
今彼女に目を覚まされたら、フライングしてチョコレートを食べてしまった事もバレてしまうし、今更どう接していいか分からないがため、酷く動揺した。

しかし、振り返った先にある彼女の姿は先ほどと同じようにベッドに横たわったまま何一つ変わっていなかった。

「なんだ…寝言かよ。」

ホッと胸を撫でおろし、音を立てないようにそっと扉を開けた。
そして聞こえない程の小さな声でこうこぼしたのだった。

「…ごちそうさん。おやすみな。」



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