Valentine day
ある日の夜。
その女子会は共用スペースにて行われていた。
「ねぇねぇ、バレンタインデーどうする?」
「私考えたんだけど、みんなで作ってみんなにあげるってのはどうかな!」
「お茶子ちゃん、ナイスアイディアね。私もそれに賛成だわ。」
和気藹々ともうすぐやってくるバレンタインデーの作戦をクラスの女子総勢で練る中、麗日お茶子は自室にいた零が室内に入ってくるのを目にした。
入口付近にいた轟や緑谷と何か話している様子を見て、ふと彼女はそういうイベント事をやった事があるのだろうか、という疑問を抱いた。
そしてそんなことを考えていたとほぼ同時に、隣にいた芦戸が彼女に気づき、声をかけた。
「ねぇねぇ、零さん!ちょっとこっち来て!」
その声に反応した零は、可愛らしくも素直に小走りでこちらへと向かってきた。
何やら女子が固まってヒソヒソと話す光景に零が呼ばれた事を不思議に思う緑谷と轟が小さく首を傾げてこちらを見ていたが、今は2人に構っている暇はない。
というか、言えない…。
『どうしたの?皆。なんか楽しそうに話してるね。』
「そうなの!ねぇねぇ零さん。零さんはバレンタインデー、どうするの?!」
単刀直入に聞く芦戸に驚きつつ、確かに気になっていた事なので彼女の答えに耳を傾ける。
しかし当の本人である零は、ポカンと口を開けたまま硬直していた。
『え、ごめん…バレンタインデーって、なに?』
「「「「えっ?!?!」」」」
女子たちの声が重なり、何事かと一斉に男子生徒たちの視線が集中する。
ひとまず彼らには慌てて笑って誤魔化し、零を輪の中心へと引っ張っては一旦座らせて、話を続けた。
「えっ、零さん、バレンタインデー知らないの?!」
『えーっと、なんかのイベント?ごめんなさい。私そういうのには疎くて…』
情けなく笑う彼女を見て驚きはしたが、同時に彼女らしいとも思った。
すると零に分かりやすいように、隣に座っていた八百万が簡潔に説明を始めたのだ。
「零さん。バレンタインデーっていうのは、自分が思いを寄せている人に手作りのチョコレートを用意して、渡すと共に心を打ち明けるという日なんですの。」
「まぁ今では、好きな人以外にもお世話になった人達にチョコレートあげたりすることも全然ありなんだけどね。」
耳郎が付け足してそう説明すると、零はへぇ…と小さく声を漏らした。
『じゃあみんなは、その日のために会議してるの?』
「そうそう!っていうか、ただ皆で作りたいだけなんだけどね。」
「…零さんは、渡したいと思う人いるの?」
『えっ?』
無意識にそんな事を彼女に訪ね、しまった!と慌てて口を塞ぐ。
しかしそんな自分を余所に、彼女はうーん…と考えては苦笑いをうかべた。
『ごめん、片思いの人とか好きな人とか、そういうのはちょっとよくわかんないや…。でも、お世話になってる人に渡してもいいのなら、何人が思い当たる人はいるけど…』
その答えを聞き、心の中では密かに相澤に同情を抱いた。
分かってはいたが、零はそういう色恋沙汰には疎い。というか、完全なる無知なのだ。
たぶん、ほかの女子生徒たちも同じ事をにわかに期待していたのだと思う。
ちらりと目線を向ければ、悟られないよう落胆している様子がうかがえた。
そんな中、蛙吹が彼女のだした答えにある提案を持ち出したのだ。
「でも、お世話になった人が思い当たるのなら、零さんも今年は渡してみたらどうかしら?」
「あっ!それいい!零さんも一緒に作ろうよ!」
「それは素敵ですわっ!みんなでお菓子作りなんて、とっても楽しい気がします!」
女子達の表情がぱっと明るみ、零はそれを見て嬉しそうに微笑んだ。
『よく分からないけど、みんなと何かをするのは確かに楽しそう。じゃあ、私も混ぜてもらおうかな。』
「なんかやる気出てきたッ!頑張ってとびきり美味しいもの作って、男子を見返してやろうぜっ!」
「「オーッッ!!」」
女子たちのテンションがさらに上がり、ますます活気だって来たところで、それを実行するにあたり問題点がある事に気がついた。
「でも、買い出しとかどうする?作り方もよく知らないし…第一まず、そんな買い物行くのに相澤先生が外出許可出してくれなさそうだよね。」
「そうですわねぇ…。お菓子作りなら佐藤さんがお詳しいと思いますが、バレンタインデーのチョコを作るのに男子に教えてもらうのも、変な話ですわね。」
「「「うーん…」」」
皆が腕を組んで考える中、それを聞いていた零がようやく口を開いた。
『外出許可なら問題ないと思うよ。私が引率でもいいって前に聞いたことがあるし…。』
「え、本当?!」
『うん。それに、簡単な洋菓子とかならよく作ってたから、私でよかったら教えるけど。』
「マジで?!零さん、さすがっっ!!」
「さすが零さんですわっ!それなら明日、皆で放課後お買い物に行きましょうっ!」
既に零を巻き込む気満々でいる生徒たちを他所に、彼女に寄り添って小声で尋ねた。
「零さん、本当にいいの?こんなことに付き合ってもらっちゃって…」
申し訳なさそうな表情で彼女を見るも、零自身は穏やかな笑顔をうかべてこう返した。
『みんながせっかく何かをやろうとしてるんだもん。出来ることなら力になりたいし、それに私、こういうことした事ないから、声掛けてもらえて嬉しいよ。』
いつもに増して顔が自然と笑顔になる彼女を見て、思わず頬を赤めた。
純粋に、本当に喜んでいるのが伝わってくる。
きっと今まで、誰かとこうして何かを作ったり、女子トークのような輪に入ったこともなかったのだろう。
それならば尚更、零に楽しさを知ってもらいたい。
そう考えると徐々に気持ちは高ぶり始め、やる気が満ち溢れてきた。
「よっしゃあ!みんなで美味しいもん作るぞー!」
「「「おぉぉッッ!!」」」
女子全員がガッツポーズを掲げる中、周囲にいた生徒たちがこっちを見て首をかしげていたことなど、誰一人すら気づかないのだった。