宣戦布告
ようやく落ち着いた彼女を見ては小さく息を吐き、何をやってんだ俺は……と心のうちで吐き出した。
零はまるで子供のようにピッタリと寄り添い、満足そうに笑みを浮かべている。
首元をかすめる彼女のサラサラな髪が妙にくすぐったく感じ、同時に理性との葛藤に苦戦しつつあった。
やがて、制御がきかなくなってきては、彼女にある話題をもちかけたのだった。
「……なぁ、零。吸血鬼にはこんな話があるって知ってるか?」
『え?なに?』
「ある“印”つけときゃ、その女には寄り付かねぇらしいぜ。」
『印?どんな?』
食いつくように布団から起き上がる彼女に、ニヤリと含みのある笑みを浮かべながら身体を起こす。
いっその事、このまま押し倒して襲ってやろうか。
純粋で潔白なこの真っ白な体を、一から自分が支配できるかもしれない…と想像するだけで、密かに胸を躍らせた。
実際彼女が快楽に溺れてどんな声を上げるのか、どんな女らしい表情をするのか、気にならない訳がない。
なんなら、今回の彼女の弱みを知って密かに優越感に浸ったように、他の奴が知らない零の顔を、より見たい衝動に駆られつつあった。
しかし、彼女はそんなこちらの心境を悟ることなく、いつまで経ってもその“印”に関して話さない自分を不思議そうに眺めている。
ここまで信じ切られていると、手を出して裏切られたなどと言う始末になれば、今のように安心して傍にいる事は無くなってしまうだろう。
自分の中で複雑な感情が葛藤しつつも、彼女を失う事になってしまっては意味が無い、と自身にに言い聞かせ、暴走しかけた欲求を抑えてはそれに応えた。
「…口で説明すんの難しいんだよ…だから、俺がつけてやる。」
『えっ?』
半分は、いずれは“自分のモノ”になるのだと宣言させる証のために。
もう半分は、この状況を作り上げた、無知無防備な零に対しての嫌がらせだ。
そのまま両肩に手を添えては首元に顔を近づけ、歯を立てて思い切り首筋を噛んだ。
『……ぃっ、』
痛みが走ったのか、微かに零の漏れた吐息を耳にする。
ゆっくりと離してその首筋を眺めれば、大きな赤紫に染まった“痕”ができているのを確認し、ニッと笑みを浮かべた。
「…上出来だな。」
無意識にそう独り言を零すと、ちょうど目が合った零は目を大きく見開いて、震えた声でこう言った。
『かっ……かっちゃん……?!もしかして吸血鬼だったの?!』
「……っ、はぁ?!んなわけねぇだろッ!!」
破壊的な彼女の天然っぷりに思わず全力で突っ込んでは、無理やり横に倒し、布団をかけた。
「これでてめぇはもう吸血鬼に狙われねぇから、大丈夫だ。安心して寝ろや。」
『えっ、今ので大丈夫なの??』
「大丈夫だっつってんだろ。ただし、誰に付けられたか他の奴にはゼッテェ言うなよ。知られたら、俺が狙われるからな。」
よくもまぁ、自分の欲望を隠すためにすらすと嘘が出せるもんだ、と自分に呆れながらもそう言うと、零は真剣な眼差しでそれを聞いては、何度も頷いた。
『わわわかった…かっちゃんのためにも、内緒にしとくっ!!』
子供かよ…。
そんな呆れた言葉が喉元まで来ては、ため息と共に吐き捨てた。
それから数分後、そんな子供じみた嘘に余程安心したのか、零はすぐ眠りについた。
隣で安心しきって眠っている零の無防備な寝顔は、本当に愛らしい。
自分が付けたキスマークをもう一度見つめ、これを見たら酷く動揺する奴らの顔を想像しては鼻で笑った。
ーーせいぜい今のうちは、“みんなの零”でいろや。
いつか絶対、てめぇに勝って俺がテメェを支配してやる。
それは今回俺を巻き込んだ罰と、他の奴らの宣戦布告だ。
そんな強気な言葉を心の中で吐き捨てては、零を強く抱きしめて、眠りにつくのだった。