宣戦布告


零の部屋まで送ってやった爆豪は、そのままの足で部屋へ戻ろうと、早々に踵を返した。

しかしその矢先、がっしりと強い力で腕を掴まれ、零の部屋の中へと吸い込まれるように足を踏み入れることになった。
振り返ると、そこには今にも泣き出しそうな零が、何か言いたそうな雰囲気でじっとこっちを見つめていたのだ。

「……んだよ。」

『か、かっちゃん……もう少し、ここにいてよ。』

「……はぁ?」

『…だ、だめ……?』

「……。ったく、しゃーねぇな…」

そんな表情を目の当たりにしてしまった以上、どうしても断る言葉が吐き出せず、そのまま彼女の頼みを受け入れた。

どうやらこの様子の彼女には、些か自分は弱いらしい。
まさか部屋の中にまで入って、怖がる零を宥める羽目になるとは、正直思ってもみなかった。

「寝るまで部屋にいてやるから、さっさと寝ろや。」

『えっ……』

最大限の優しさのつもりで吐いた言葉に、彼女はギョッとする。
何かまだ不満でもあるのかと思いきや、予想以上の返しをしてきたのだ。

『それじゃかっちゃんに悪いよ。私のベッドで良かったら使って!大丈夫、いざと言う時はかっちゃんを守るから!』

ーーバカか、こいつは。
怖がってんのはテメェであって、俺じゃねぇ。

強がる彼女に悪態をつきたくなるも、実際怖がる零は見ていて飽きない。
もう少し困らせてやろうという意地の悪い心に火が着き、彼女にある提案をした。

「なんなら、俺と一緒に寝るか?」

『えっいいの?』

「………………あァ?」

いやいや、困れよ。っつーか少しくらい躊躇しろよ。

呆れるあまり、返す言葉が見つからなかった自分を余所に、零はぱっと喜んだ表情でそばに詰め寄った。

『良かったぁ。それ考えてたんだけど、かっちゃんが嫌っていうかなと思って、なかなか言い出せなかったんだ。ありがとう、かっちゃん。』

「……」

完全に安心している様子だ。
この時ふと、頭の中にある人物の姿を思い浮かべた。
彼女と一番付き合いが長く、密かに想いを寄せている相澤が、よく頭を抱えている光景を目にする。
そんな彼の心中が、今まさに痛いほど理解出来る。

純粋で、疑うことを知らないのだ。
零にとって、男であろうが、“かっちゃん”という存在は彼女を異性として意識し、下心がないとでも思い込んでいるのだろうか。もしくは、そこまでの考えにも至っていないのかもしれない。

どちらにせよ、流石に年頃の自分が異性と狭いベッドで一夜を過して、手を出さない自信はない。

「……俺が悪かった、今のは冗談だから気にす……」

『布団入ろ、かっちゃん。』

「おわっ……!」

強引に腕を引かれて体勢を崩し、先に布団に入った彼女に無理やり身体を倒される。。
こちらの心境を知りもしないで、零は呑気に安心そうな笑みを浮かべていた。

「……っ、クソッ……」

屈託のないその柔らかい笑みは、やっぱり苦手だ。
観念して寝るまでの間だけ、隣にいてやろうと断念し、大人しく腕を頭の上で組んで横になった。

零はそれとなく身体をこちらに向け、柔らかい肌が微かに触れるほど至近距離にいる。

この状況で、冷静じゃない方がどうかしてるだろ…。
気がついた時には鼓動が早まり、身体中に熱を灯していた。
さすが零の部屋だけあって、普段彼女から微かに香るいい匂いが充満し、理性をかきたてる。

しばらく沈黙の時間が流れた後、最初に破ったのは零の小さな声だった。

『…ねぇ、かっちゃん。吸血鬼って、人の血を吸うんだよね?』

「あ?…あぁ。」

『どっちの方が狙われやすいとか、知ってる?』

「そりゃ、女だろ。」

映画やフィクションでも、吸血鬼が血を吸う相手となれば大抵女を標的にした作品が多い。
さも当然かのようにそう答えては、ハッと我に返って隣の彼女の方を見た。

「わっ、バカ……今のは違ぇ!その、例えの話で……っ」

目に涙をいっぱいに貯めて潤ませ、下唇を噛み締めたその様子に慌てて弁解の言葉を並べるも、最早それは彼女の耳には届いていない様子だ。
そしてただでさえ近かった位置から、一気にこちらはと詰め寄り、腕を回してぎゅっとしがみついてきた。

『か、かっちゃん……怖いっ!!お願い!そばに居てっっ!』

「お、落ち着けって。おい、」

『私、一人じゃ耐えられない……かっちゃん、朝まで一緒にいて!お願いッッ!!』

「……わかったから、んな泣いてしがみつくなっ!ちゃんと朝までいてやるし、なんかあっても俺がそばに居て守ってやるから、大丈夫だろうがっ!だから落ち着けっっ!!」

そう感情的に叫んでは、その聞き覚えのあるやり取りにハッと我に返り、今朝方見た夢を思い出した。

「……マジか、これだったんかよ……」

『……かっちゃん、やっぱりなんだかんだ優しいよね。ありがとう、大好き。』

潤んだ瞳で柔らかく微笑む零を見て、これはまさに正夢だと悟っては、酷く疲弊した気がしたのだった。


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