朧月


1-Aの必殺技を編み出す授業を見守って数日が経ち、ようやく、仮免試験当日がやってきたーー。
相澤、零が引率として、1-A全員が仮免試験場へと到着する。

先頭に立つ相澤が、後方にいるこちらにまで届くような凛とした声を出した。

「この試験に合格し、仮免許を取得できれば、お前ら卵は晴れてひよっこ。セミプロへと孵化できる。頑張ってこい。」

教師らしい一言を告げる彼に敬服する。
生徒たちをやる気にさせる。活気に溢れさせる一言にまさに相応しく、先程まで試験会場を前に引き腰になっていた彼らの目の色が変わった。

「っし!!なってやろうぜ、ひよっこによぉっ!」

「うっしゃぁっ!いつもの一発決めていこうぜぇっ!」

上鳴に続き、切島が全員にそう呼びかけ、全員が応えようと拳を握る。

「せーのっ!!プラス…」

ウルトラァァァァッッッ!!

『……!』

突然聞いたことの無い大きな声に、思わずビクリと肩が跳ねた。
隣にいた轟が耳元で、大丈夫か?の声と共に心配そうな眼差しを向けているのを見て、慌てて縦に首を振る。

『だ、大丈夫。ちょっと声のボリュームに驚いただけで。』

急遽参加してきた彼は長身で、ガタイもいい。
服装を見る限り、他所の高校なのだろう。
それにしても、やっぱりでかい。

彼に惚けていると、同じ高校の制服を着た生徒に、勝手によそ様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ。と注意されるのを耳にした。
そして再び、彼の謝罪を告げるボリュームマックスの声が耳に響いた。

耳がいい自分にとってあの声はきつい。思わず額に手を当て、苦しげな表情をうかべると、轟がそれを見兼ねて顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、零。頭いてぇのか。」

『いや…やけに頭にくるボリュームの声だなって…。私、あまり大きな声で話す人、得意ではないので…。』

「…俺もだ。その点、声の響きやトーンが好きだと思えるのは、俺にとって零くれぇだな。」

『……え。』

軽く口元に笑みを浮かべてそう話す轟に、何事かと硬直した。

彼は天然なのだろうか。そんな小っ恥ずかしことをサラッと言える心境がどんなものか、皆目検討もつかない。

ぽかんと口を開けて彼を見ていると、小さく首を傾げて顔を至近距離まで近づけてきた。

「どうした?」

『な、なんでもない。』

純粋なその瞳から慌てて目を逸らし、平常心を装う。

そうこうしている間に、さっきの大きな他校の生徒は先に会場へと進み、その背中を見送る相澤が静かに彼の名を呼んだ。

「夜嵐、イナサ…」

「先生、知ってる人ですか?」

「ありゃ、強いぞ。昨年度…つまりお前らの年の推薦入試。トップの成績で合格したにもかかわらず、なぜか入学を辞退した男だ。」

「えっ?!じゃあ、一年……?!」

『……』

その話に轟が再び意識を前へと向け、その横顔を密かに緑谷が見つめるのを黙ったまま見つめた。

二人の視線…いや、うちのクラス全員が集中する視線の先にある、夜嵐イナサ。

推薦入試をトップで合格したという事実がどうであれ、彼の強さは何となく一目見れば分かる。

あの彼が皆の試験に支障を来さなければいいが…と心の中で願うも、再び別の人物が姿を現した。

「あれ?イレイザー?」

その声に相澤がビクリと肩を揺らし、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

緑髪にバンダナをまいた女性は、相澤へと近づきながら明るい声で彼に話しかける光景を目の当たりにした瞬間、彼女が軽い口調で彼にこう言った。

「結婚しようぜっ!」

「しない。」

「ぷはっ!しないのかよ、ウケる!!」

そのやり取りに、零の中で夜嵐イナサの存在が一瞬にして消去される。

そして零が衝撃を受けている間に、その女性が受け持つ生徒たちが現れ、颯爽と挨拶を交わし終えていた。

気づけば相澤の指示で生徒たちが会場へと歩み始め、はっと我に帰り後を追おうとすると、突然目の前に相澤の顔が現れた。

「おい、何惚けてんだお前。」

『うっ、うわぁぁっっ!』

突然のドアップに、反射的に後方へと背中を反らす。
爆発するかのような心臓の鼓動を必死に抑えつつも、相澤に目を向けた。

『消太さん…ごめんなさい。私、知らなかった……』

「あ?」

『私山育ちだし、色恋沙汰には疎いから…知らない間に消太さんも結婚するような相手が……』

「おい、さっきから何言ってる。全部お前の勘違いだ。あれはジョークのノリだ。俺は結婚する気はない。」

『い、いや、でも万が一結婚する相手ができたとしたら……私、私……』

わなわなと拳を振るい立てながら俯く。
相澤が首を傾げる中、ようやく勇気を振り絞って自分の意思を告げた。

『わ、私にも奥さんを紹介してください!!で、で、できれば結婚式も出たいです!だって、今まで散々お世話になった消太さんに祝福も何も出来ないなんて…嫌だから!』

「……は。」

自分でも驚くほどの大声でそう告げた後、恥ずかしさゆえに先方を歩く生徒たちの方へと全速力で向かう。

すぐに目を逸らしたせいで、彼がそう言った時に唖然とした表情を浮かべていることさえ気づかなかった。

そしてこの時背後で、誤解を必死に解こうとした俺が馬鹿だった。と相澤が呟いたことなど、全く持って知ることは無かった。


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