宣戦布告
午後の授業が終わった。
結局零の怪我の件はさほど大事にはならなかった。
経緯をしらない奴らに理由を聞かれても彼女は、悪ふざけのコミニュケーションが過ぎた、等と話している会話を時折耳にした。
しかし、流石にあの様子ではしばらくの間生活に支障が出るのだろう。
以前死穢八斎會の一件があった時に、零はリカバリーガールの治癒の個性は効果がないとも話していたし、1日そこらで治るようにも思えなかった。
寮に戻って夕食をとったあとも、何か彼女の手助けをしようと珍しく自室に戻らず共用スペースにいれば、週末のせいか皆テンションが高く、中ではある企画が立てられていた。
「さぁーっ!待ちに待った映画タイムだぜぃッ!」
「「「イェーイッッッ!!」」」
上鳴を筆頭に何人かが乗り気になって、ガッツポーズを掲げる光景に、何も知らない数人は同時に首を傾げた。
「何か見るの?」
「そうそう、俺たちがずっと見たがってたやつなんだけど、最近ブルーレイの販売がはじまって、ネットで予約注文してた奴が届いたんだよ!」
「あーっ!それ知ってる!私も見たかったんだよね!」
「へぇーっ!私も見たい見たいっ!!」
「おうおう、みんなで見ようぜっ!!」
上鳴が持っている映画のタイトルをみてもピンと来なかったが、クラスの大半はそれを見てテンションを上げていた。
中央にある一つのテレビを囲うようにして、クラス総出で映画鑑賞が開始される。
零は少し離れたテーブルに腰掛けては、こっちの様子を遠目で見つめていた。
声をかけてやろうとすれば、自分よりも先に緑谷が彼女に駆け寄って誘い出していた。
「零さんも、一緒に見ましょうよ。」
『え?あ、うん。』
何処と無く心無い返事をしつつも傍まで寄ってきては、無表情のまま再生された映画をぼんやりと眺め始める。
こういうのは雰囲気が大事だ、という切島の提案から照明は消され、暗い中液晶だけの灯りが零の顔を照らしていた。
長いまつ毛、凛とした大きな瞳。
雪のような白い肌に、化粧もしていないのに整った顔立ちに、無意識に目を奪われる。
隣に立つ彼女から、微かに心地よい優しい香りが漂うと、再び今朝方見た夢の内容を思い出した。
「……(ま、所詮夢だからな。こんな勇ましくて優秀な女に、あんな女らしい一面が早々あるわけねぇ。あったとしたら、とんだギャップだ。あれはただの俺の願望……)」
願望?
願望ってなんだ。
声に出さぬまま、自問自答する。
まるで彼女に頼られたいと心から願っているような思考回路に、全否定しようと勢いよく首を振る。
余計な事を考え始めてしまったせいで、気づけば周りは映画にすっかり夢中で、早くも見遅れてしまった。
気を取り直して映画に注目すると、ようやくその内容が今人気のホラー映画シリーズだという事に気がついた。
突然やってる一人の吸血鬼が、小さな孤島の住人たちを徐々に血を吸って仲間にし、気づけば人間が誰一人としていなくなってしまうという、単純なストーリーだ。
正直何度か見たことはあるが、この手の物にあまり興味が無いし、吸血鬼を表現するためのクオリティが高いとはいえ、所詮作り物。
さほど怖がるようなものでもないし、自分からすれば、イマイチ面白味が欠ける。
すっかり見る気が失ったが、零はいつの間にかまじまじと映画を見ている。
これなら傍にいて手伝わなくても、しばらく問題ないだろうと、ひとまず部屋に戻るべく組んだ腕を解いた矢先。
突然、「ひゃぁっ!」という可愛らしい小さな声が聞こえると共に、勢いよく何かが身体にしがみついてくる感触を覚えた。
それが何か悟った時には、既に手遅れの状態にあったのだった。