宣戦布告
いつも通りの平日だ。
朝は寮の共用スペースにて朝食をとり、学校に向かう。
そしていつも通り授業を受け、実技授業も順調だった。
唯一いつも通りと違うのは、ただ一つ。
妙に零の姿を無意識に目で追い、変に意識をしているということだけだった。
「……あぁ、クソッ!胸糞悪ぃッッ!!」
昼休みの時間に入り、食堂で昼食を取っている時に溜まった苛立ちを言葉に吐き捨てた。
突然そんなことを零す自分に、同じテーブルにいた上鳴と切島がビクリと肩を揺らしては、情けない声を零した。
「…いつになく荒れてんなぁ爆豪。なんかあったのか?」
「今日は朝からそんな感じだよな。」
どう考えても、このイラつきは今朝方見た夢のせいで無意識に零を意識してしまっているのが原因だ。
誰かに吐き出してしまえば多少楽になるものの、内容が内容だけに口外できるものではない。
何よりも、今まで異性において名を覚えることすらなかった自分にとって、零を意識するこの現状は、違和感でしかないのだ。
「悩みがあるんならのるぞ?相棒。」
「…るせぇよ。誰が相棒だ、誰が。…っつーか、悩みなんてねぇよ。」
「じゃあ何にそんなに苛立ってんだよぉ…」
「聞くなッッ!!ただでさえ思い出すだけでイライラすんだよ、こっちは。」
「はぁ?よく分かんねぇ奴だな、全く…」
二人は呆れた様子で、再び箸を進める。
よく分かんねぇのは、こっちの台詞だ…。
そう心の中で吐き捨てるも、目の前に置かれた食事をとるためにひとまず手を動かした。
そんな中で、近くに座る轟、緑谷、飯田達の会話の中から“零”という単語を耳にし、無意識に反応して聞き耳を立てた。
「なんか零さん、最近本当に表情豊かになってきたよね。」
「あぁ…。最初の頃に比べると、随分笑うようになった気もするな。話聞いてっと、仕事で会うプロヒーロー達とも少しずつ話す頻度が増えたとも言っていたし…前よりも任務の声がかかりやすくなったそうだ。」
「それはそうだろう。あの風貌に、あの強さ。ヒーローのポジションからしても、数少ない貴重な人材だ。僕がもしプロヒーローになっても、ぜひご協力頂きたいね!」
「……」
さほど大きな声で話していないはずなのに、なぜかはっきりと聞き取れていた。
そうか、アイツ少しはまともにほかのヒーローと話せるようになったのか…。
ほっと胸をなでおろした瞬間、はっと我に返り、何でそんな事気にしてんだ…と自分に喝を入れて再び箸を動かす。
しかしその矢先。
今度は、予想すらしていなかった当人の声が聞こえてきたのだった。
『あ、ちょうどよかった。切島くん、上鳴くん、かっちゃん。席が空いてなくて…ここ座らせてもらってもいいかな?』
ふわり、とどことなくいい香りが漂ったかと思えば、食事トレイを手にしている制服姿の零が目の前に現れる。
まさか今日一日それとなく避けていたはずの彼女が、このタイミングで接触してきた事に酷く驚き、口の中に入っていた食事を慌てて飲み込んではーーー、むせた。
「ゴホッゴホッ……ッ!!」
「お、おいおい爆豪!大丈夫か?」
『え?そんなに驚かせちゃった?ごめん、大丈夫?』
「……っ、触んなっっ!!」
そんな強い言葉と共に、心配そうに差し伸べてきた零の手を勢いよく振り払った。
それは思った以上に大きな音を立てて、食堂内に響き渡る。
周囲にいた視線が、一気にこちらに集中しているのにハッと気づいては、自分がしてしまった事の次第に早くも後悔をし始めていた。
「…っ、」
『……』
「零さん、今すごい音しましたよ?!大丈夫?!」
「零、大丈夫か?」
呆然と立ち尽くす彼女に、近くにいた緑谷と轟が慌てて駆け寄っては、じとりと鋭い視線を差し向けてきた。
「爆豪、零が何したって言うんだよ。」
「かっちゃん、今のはいくらなんでもひどいよっ!」
「爆豪、なんかよくわかんねぇけど、とりあえず謝れよ!今の感じじゃ、零さん何も悪い事してねぇだろ?」
「〜〜ッッ、」
一方的に責められる状況に、言葉が上手く返せない。
彼女が悪くないことなど、自分が一番嫌という程理解している。
しかし、事態は既に収拾がつかなくなっていた。
これだけ人盛りで目についている以上、今彼女に心の底から申し訳ない気持ちを伝える事は、とてもじゃないができない。
こちらに集中してくる目線は、どう見ても自分を悪者扱いにしている奴らばかりだ。
押し潰されそうな張り詰めた中、俯いて奥歯を噛み締め、ぎゅっと拳を握りしめる。
しかしその矢先、零の「えいっ!」という声と共に、後頭部に凄まじい鈍痛が走った。
「いっ……!何しやがんだ、てめぇっ!!」
あまりにもの痛さに涙が浮かび、反射条件で喰いかかると、零はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、こう吐き出した。
『何って…仕返し。』
「なっ……!」
「「しっ…仕返し……!!?」」
言葉を失う自分と共に、周りにいた生徒たちの声が重なる。
彼女がそんなことをするようには思えなかったのだろう。
ざわついた空気の中で、零は再び口を開いた。
『みんなどうしたの?そんなにびっくりすることないよ。かっちゃんと私はいつものことだから。ほら、早くご飯食べよう。』
さも何事も無かったかのように、軽い口調でそう言うと、皆は鋭い目線を解き、ホッと胸をなでおろしては心配そうに彼女を見つめた。
「あ、あぁ……。零、ホントに大丈夫なのか?」
『みんな大袈裟だなぁ。かっちゃんに叩かれたくらいで、どうにかなる私じゃないのは、みんなもよく知ってるでしょ?』
「た、確かに……それもそうか。」
「いやマジでビビったぜ。っつーか、零さんと普段どういうコミニュケーションのとり方してんだよ、爆豪も。」
「……うるせぇよ。」
呆れた様子で尋ねる上鳴をあしらいつつも、ひとまずクールダウンして席へと腰を下ろす。
そして向かいに座る零に悟られないよう、じっとその様子をうかがうのであった。