宣戦布告
皆が寝静まった真夜中。
寝る間も惜しんでただがむしゃらに、零と組手を交えていた爆豪勝己は、目の前に息ひとつ乱さず無表情で攻撃を受け止める彼女に、苛立ちを増していた。
『……かっちゃん、そろそろ辞めよう。』
「まだだっ!!っつーかその平然とした面やめろっ!すっげぇ腹立つわ、クソッ!」
『笑って組手してたら怖いだろう。それとも怒った顔すればいい?』
「だぁぁぁーーっっ!!ムカつくッッ!!んでそういう意味わかんねぇ思考に走んだよ、テメェはッッ!」
オーバーヒートしていく感情に釣られ、攻めが次第に荒々しくなっていく。
零はそんなこちらを見兼ねてか、小さく溜息を零した後、攻撃を素早く避けて踵を上げ、肩に思い切り振り落とした。
「ぐはっ……!」
サポートアイテムを使用しているとはいえ、女とは思えぬほどのスピードと威力だ。
彼女が今どう立ち回り、攻撃を仕掛けてきたのか目で追う事さえ敵わなかった。
激痛が走ると共に膝の力がガクッと抜け落ち、その場に跪く。
額から流れ落ちる汗がアスファルトを濡らし、乱れた呼吸は肺を圧迫させていた。
『そんな荒々しい感情をむき出しにして攻撃しても、いつまで経っても私には当たらん。気配を消すのが目標じゃなかったのか?なんの為に私に頭を下げたのか、今一度初心に戻ってよく考えた方がいい。』
「なっ……!」
冷たく見下ろしてそう告げる彼女に反発しようと立ち上がろうとするが、よほど疲れているせいか力が上手く入らない。
零は暫くこちらをじっと見つめた後、近くに置いてあった羽織を拾い、肩にかけて背中を向けた。
「おい待てやッ!俺はまだやれ……」
『辞めだよ。今のあんたとやっても何一つ成長しない。まずは精神を出来るだけコントロールする様に考える事だな。組手はそれからだ。』
そう吐き捨てるように零し、その場を去っていく背中を呆然と見つめながら、再び膨れ上がった怒りをアスファルトに拳を押し当てた。
「クソッ……!」
悔しいが、彼女の言うことに反論すらできなかった。
呼吸をその場で整えた後。
ひとまず部屋に戻りベッドに乱雑に寝転がって、天井を見上げて零の事を考える。
稽古を付けてくれるようになって何日か経つが、彼女の戦闘においてのセンスや立ち回りは、手を交えるにつれて実感し、同時に力の差を思い知らされる一方だった。
戦いとなると口調や雰囲気も変わり、棘のある言葉もしばしばあるが、下手にお世辞を言われたり褒められたりされるよりかは、随分やりやすいとさえも思う。
口が裂けても本人に言いたくはないが、これでも随分と感謝はしているのだ。
そして同時に、あの隙もない強い零に、弱点が本当にないのかと、別の角度で興味を抱き始めていた。
以前零本人が言っていたが、ハッキリ意見を言う自分と接する時は、無意識に彼女自身もありのままの素で接することができると話していた。
ほかのクラスの連中とは違う彼女の一面を知っていることに謎の優越感を感じつつ、もっと色んな表情が見てみたい、と思うようになり始めたのだ。
「…アイツが何か、俺を頼るような…弱みを見せるようなことってねぇのかな。」
ぽつんと零れた独り言に、はっと我に返る。
これではまるで、零にすがりついて欲しいと願っているようなものでは無いか。
そんな思考に至った自分にどうしよもなく呆れては、ひとまず眠りにつくために、目を閉じたのだった。