轟家との休日
零はエンデヴァーの部屋を後にした後、焦凍達のいる居間へと足を運んでいた。
去り際に、娘たちがお前のために夕食を用意しているらしいから、食べていけ。と言われたのだ。
そう言うエンデヴァーは一緒に食べないのかと尋ねると、これから事務所に行く用事がある、と何となく上手く逃げたような気がした。
しかし今日二回ほど訪れた轟家は、どことなく自宅の日本家屋と近しい部分があって、やけに居心地がよく感じる。
夜にはここを発って寮に戻ることを考えると、少しだけ名残惜しいような感覚になりつつ、居間へと到着した矢先。
食卓テーブルいっぱいの料理と、座って待機している3人の姿を見ては、思わず足を止め硬直した。
「あっ、零さん!!お父さんとの話は終わったの?」
『え、えぇ。』
「んじゃ、みんなで夕飯にしようぜっ!」
「零、ここ座れよ。」
焦凍が隣の座布団に手を乗せて誘導され、ひとまず腰を下ろした。
すると夏雄が部屋中に響く大きな声で、いただきます!と叫んで箸に手をつけた。
「零さんも、遠慮せず沢山食べてね。」
『ありがとう、ございます……』
雄英高校に来て誰かと食事をとることに慣れてきたとはいえ、家族の中に入り交じっての食卓は、より一層違和感を覚えた。
自宅にあるテーブルはこれよりももっと大きくて、たくさんの人が座れるようになっていたが、いつも一人で食事をとっていたため、こんなにも机上に料理が乗っているのは、生まれて初めてだった。
加えて、自分ではない第三者が作ってくれたもの。
和気あいあいと話し声が飛び交う環境。
今日は今までに味わったことの無い、温かい空気に触れる事ばかりで、どうも涙腺が故障しているようだ。
みんなに悟られないよう、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えながらも、手前に置かれた箸を手に取り、いただきます、と深々と零しては食事に手を伸ばしたのだった。
※※※
『本当に、ご馳走様でした。私はそろそろこれで失礼します。焦凍くん、また学校でね。』
「……あぁ。」
明るくそう言う零に対し、どことなく離れがたい気持ちになる焦凍は、不思議と暗い返事を返した。
「こんな時間に帰るんすか?良かったら泊まっていったらいいのに。」
『いえ、元々日帰りのつもりで来ましたから。…それに、いくら休日とはいえ、学校の警護を2日も怠るわけにはいきませんし…高速乗れば、すぐですから。』
「そういえば、ここまでどうやってきたんだ?」
『ん?バイクだよ。』
さも当然かのように返す彼女を見て、あまり乗り物に乗るイメージがなかったせいか大いに驚いて目を見開けた。
しかし、確かに公共交通機関を利用している姿も想像できない。
「……外まで送る。」
『ありがとう。』
ひとまずそう言って、彼女と共に玄関をくぐった。
「また、いつでも遊びに来てくださいね!」
「今度は、私ともお茶してね。」
『……っ、はい!喜んで!』
兄姉ともすっかり仲良くなった様子で手を振りながら、彼女は家の外に停めてあるバイクの方へと向かうため、歩み始めた。
『……ねぇ、焦凍くん。』
ふいに彼女に名を呼ばれ、俯いていた顔をあげると、そこには穏やかに微笑んでいる綺麗な横顔を目にした。
『今日一日、本当に楽しかった。初めて“家族”ってどんな物なのか、知れたような気がした。焦凍くんの家族はみんな、とってもいい人達ばかりだね。』
「……そうか?」
そう返すと、彼女はふと足を止めて夜空を見上げた。
そして消えそうな小さな声で、ぽつりと零した。
『……また、遊びに来てもいいかな。』
「……あぁ。もちろんだ。今度は一緒に来て、一緒に帰ろう。みんな喜ぶ。」
『……うんっ!!』
いつもは不器用に笑うはずの彼女が、自然に頬を赤めて満面の笑みを浮かべているのを目の当たりにした瞬間、サッと強い風が吹いたような気がした。
この笑顔を、ずっと近くで見たい…。
手を伸ばせば、届く距離にいて欲しい。
誰にも、渡したくねぇ。
そんな想いが無意識に強まっていく中、気づけば彼女の華奢の体を強く胸の中へ押し込んだ。
『……っ、焦凍くん?』
「……」
抱きしめた理由を適当に返すことすら敵わなかった。
はっきりと自覚してしまった、彼女への強い想いに胸が締め付けられながらも、どうか今だけは読心の個性が発動しないでほしい、と切に願った。
しばらくその体勢を崩すことなく、彼女の温もりを感じていると、大人しく抱きしめられている零の口から、思わぬ声を耳にした。
『……焦凍。』
「え?」
驚きのあまり、咄嗟に抱きしめていた身体を引き離し、彼女の表情を見つめた。
少し照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべては、それに続けた。
『今日焦凍くんの家族といたせいか、皆がそう呼ぶのってなんだか少し、羨ましくて……私も、そう呼んでもいいかな?』
「……」
肝を冷やさせるような人だ。
一瞬本音が伝わってしまったのかと思い、酷く動揺した。
ーーいや、今はまだ自分の気持ちに気づかなくていい。
もしこれに気づくようになれば、きっと他の奴らの気持ちにも気づいてしまうだろう。
今はこうして少しずつ歩み寄り、ずっとそばに居る存在であり続けたい。
そしていつか本当に、この家族と零と共に、笑いあって過ごせる日が来たらいいという、思いも込めて。
彼女の問いに微笑んで応えるのだった。
「あぁ、俺もその方が嬉しい。」
ーーそれから数日後の事だ。
いつものように母に送る手紙に、同封して欲しい、と嬉しそうに彼女が部屋に持ってきたのは。