轟家との休日


皆が居るであろう居間から離れたエンデヴァーの自室は、外の雑音すら聞こえない程静かで、風流のある和室だった。

温かいお茶を差し出したあと、暫く無言を貫くエンデヴァーに目を向けるも、未だ腕を組んで目線を下に下げたままだ。

ひとまずお茶をゆっくり啜ったあと、沈黙を破るべく口を開いた。

『……冷さんに会いました。とても穏やかで、素敵なお母様でした。』

「……そうか。」

『私、“母”というものを知らなかったので、彼女を見て母親がどんな物なのかという事を学びました。』

「……そうか。」

『そんな彼女が、私の事をあまり知らない中で、何かを悟ったのか自分を母親のように慕ってくれていい、と言ってくれたんです。』

「……そう、か。」

『……エンデヴァー。私が娘になったとしたら、あなたは受け入れてくれますか?』

「……?!」

今まで心ここに在らずの相槌を打っていた彼の表情が、突然驚いたものにすり変わる。

わなわなとその大きな身体を震わせて、恐る恐る口を開いた。

「お、お前……それは意味をわかって……」

『意味?やだな、冗談ですよ。ずっと思い詰めてる様子だったから、不意をついただけです。』

「……」

しれっとそう返せば、彼は無言のまま目を細めてこちらをじっと見た。

彼が何をそんなに引け目に感じているのかは分からないが、何か思うところがあるのだろう。
小さく息を吐き出せば、向かいの男はいつになく弱々しい声で、少しずつ心の内をこぼし始めた。

「お前は、俺が焦凍にしてきたことも……冷の事も、多方事情を知っているのだろう……」

『まぁ、そうですね。』

「以前から不思議に思っていた事なんだが、なぜお前は俺を見兼ねない?他の者達のように距離を置こうとしない?」

『……え?』

何だ、そんなこと?

思わずそう軽い言葉を零しそうになりつつも、慌てて飲み込んだ。
あまりにも深刻そうな表情をするものだから、もっと複雑な内容だと思っていた。
しかし彼にとってはどうやら余程重要なことらしく、答えを聞くのが怖いのか目を一向に合わせようとはしない。

しばらく考えた後、大の男が肩を竦めているような光景に小さくため息を吐き出し、再び口を開いた。

『確かに“父親”としてのあなたは、聞いている限りでは少し方向性がズレているような気もします。…まぁと言っても、歪んだ愛情ですら受けていない私からすれば、あなたのしてきた事も愛情にすら取れてしまうんですよ。自分が1番に届かなかった、という悔しい思いを息子にさせないために……より厳しく修行し、常にNo.1でいて欲しいと思う気持ちは、私からしたら親からの立派な愛情です。』

「おまえ…」

『でも私と焦凍くんたちは、育った環境も考え方も違う。だから、同じ目線で見るのであれば、あなたは“父親”として行き過ぎた教育をしたと思います。』

「……っ、」

凛と背筋を伸ばして答えた言葉に堪えたのか、彼は自身の掴む腕に力を込め、奥歯をかみ締めた。

そしてそんな彼を見つめては、「でも……」と話を続けた。

『私は、あなたを一人の同じヒーローとして認め、尊敬もしてますし、同時に力になりたいと思っています。それに今日、あなたの周りにいる家族を見て、これからも笑っていて欲しいと思いました……。
あなたは彼らの父という立場からは外れない。だからせめて私は、轟家の柱であるあなたを、今後何があっても守っていくつもりでいます。』

「…ふん。小娘のくせに。俺はお前に守ってもらわなければならないほど、弱くはない。」

『いやいや、私の知るエンデヴァーはどちらかと言うと猪突猛進。たまに周りが見えなくなることありますよね。』

「ぐっ……」

『…素敵な家族ですよ。あなたが築き上げてきたものは。時間はかかっても、きっといつかみんなで笑える日が来るんじゃないでしょうか。少なくとも私は、そんな日が来ることを願ってます。』

そう微笑んで言うと、彼は豆鉄砲を食らったかのような顔をしては、「お前と言うやつは……」と小さく零した。

『私が羨ましいと思えるような、父親になって下さい。あなたの娘に産まれたかった、と思えるような、誇らしい“自慢の父”に。』

「…………あぁ。」

エンデヴァーは、降参だと言わんばかりのくしゃりと歪んだ笑みを見せて、小さく肩で息を吐いた。

『……で、本当の話はそこじゃないですよね?わざわざ朝電話かけてきて呼びつけた本当の用事はなんだったんですか?』

話を切り替えて彼にそう尋ねると、今度は目線を逸らして少し恥ずかしそうに小さな声で答えた。

「……焦凍が学校でどんな様子なのか、少し聞きたくてな。」

てんで不器用な男に、不覚にも吹き出してしまったのだった。



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