轟家との休日
轟焦凍は、何処へ連れて行っても感動して目を輝かせている零に微笑ましく思いながらも、密かに母の配慮に感謝していた。
こうして彼女と二人きりでゆっくり時間を過ごせる時が来るとは、夢にも思っていなかった。
癪ではあるが、今日偶然にも零を呼び出した父にさえ、少しばかりありがたさを感じるほどだった。
『ねぇねぇ、焦凍くん!あれ何?あれ!』
キラキラした眼差しと、自然と口角が上がるその表情、加えて弾んだ声と手を引っ張る零が、妙に幼くも見えて、可愛らしいと思う。
無意識に顔が緩み笑みを浮かべるも、零のソレに都度答えて説明してやった。
しばらく観光地をあちこち周り、すっかり夕方になった頃。
名残惜しくも帰路の道につき、二人肩を並べて歩んだ。
『すごいなぁ。外の世界ってこんな色んな物があるなんて……私って本当に、世間知らずだったんだな。』
「まぁ零の環境上、致し方ねぇだろ。屋敷から出れるようになっても、ヒーローとして動いていたことの方が多かっただろうし…」
『そうだね…。今日はありがとう、焦凍くん。いろんな場所に連れてってくれて、とっても楽しかった。』
「あぁ。また行こうな。……次は、水族館とか遊園地行こう。」
『ホント?!それは楽しみだなぁ。』
両手を合わせ、夕日を眺める彼女の頬には赤みがさしていて、心から嬉しそうな様子が読み取れた。
ーーこういう時が何度もあって、この先もずっと一緒にいられたらいいのに。
そんな欲が心の中から湧き出しては、口に漏らさないよう手で覆う。
彼女はこちらの心境を知ることも無く、ただ優しく微笑んだのだった。
※※※
「ただい、ま……」
玄関の扉を開けて最初に見た光景は、父が腕を組んで仁王立ちしている姿だった。
普段待ち構えているところを見たことがない自分にとっては、言葉を失うには十分すぎる光景でもあり、今まであった心の熱も、すぅっと一瞬に引いていったような気がした。
「……なんだよ。」
「随分遅かったな。二人で出かけてたのか。」
『えぇ。焦凍くんにこの辺りを案内してもらったんです。遅くなってすみません。』
「あぁ。……零。ちょっと付き合え。」
「……っ、」
『はい。じゃあ焦凍くん、また後で。』
零はそう言って、安心させようとしたのか肩にポンっと手を置いて先に行くエンデヴァーの後について行った。
あの二人が仕事の関係上接点があるのはどうあっても避けられない。
しかしどうしても、彼女だけは奴の野望に振り回されて欲しくはなかった。
かと言ってその間に割って入り続ければ、エンデヴァーの事を何とも思っていない彼女からすれば、邪魔をしているようにしか思えないだろう。
私情を挟んで彼女の邪魔だけはしたくない。
ぐっと拳を握りしめて感情を押し殺し、ひとまず居間へと向かうと、既に夕飯の支度に取り組んでいる姉の後ろ姿と、珍しくもそれを手伝う兄の姿を目の当たりにした。
「あ、焦凍!おかえり!!」
「ただいま……夏兄、姉さん。なんか今日はお祝い事でもあるのか?」
テーブルに並ぶ食事は、いつもより華やかで種類も豊富だ。
いそいそと動く二人に呆気にとられつつもそう尋ねると、夏雄はニカッと笑ってそれに答えた。
「せっかくだから、零さんにも食べてってもらおうと思ってさ!」
「焦凍も少し、手伝ってくれる?お父さんもそんなに話は長くならないと思って言ってたし…」
「あ、あぁ……」
どうやら姉の話からすると、零が家で夕食を食べていくことに承諾しているらしい。
ひとまず言われたとおり、2人の指示の元に夕食の準備にとりかかったのであった。