朧月


爆豪勝己は林間合宿の誘拐事件以来、眠れない日々が続いていた。

目を閉じればオールマイトの最期の姿が瞼の裏に張り付いていて、ヒーローとしての彼を終わらせてしまったのは自分だと、嫌でも実感させられるからだ。

ーー自分がもっと強ければ。

結局じっとしていることは叶わず、ベッドから降り共用スペースの冷蔵庫へと向かう。
この時間に起きている生徒がいたとしても、よほど部屋から出るやつはいないだろう。

そう鷹を括っていた。

しかし。

共用スペースへ辿り着くと、一人の影が目に入り、思わず足を止めた。
相手もこちらの存在に気づいたのか、目を大きく見開いて硬直している。
窓から入り込む月の光だけがその人物を照らし出し、髪がより一層宝石のように輝いて見え、思わず目が逸らせなくなった。

なんでよりによって、コイツに出会すんだ。
小さく舌打ちを零せば、彼女は身体ごとこちらに向いた。
その無表情に、爆豪はさらに苛立ちを覚えた。

「…なにやってんだよ、こんな時間に。」

『…私に消灯時間はないからね。その質問をするのであれば、どちらかと言えばこっちなんだけど。』

声が彼女の冷たさを表している。
昼間必殺技の実習の時に、彼女が他の生徒達に出していた雰囲気や声とはまるで別人だ。
自分だけを警戒しているのか、それともHRの時に突っかかったことをまだ根に持っているのか。
どちらかは分からないが、爆豪にとって彼女の自分だけ特別冷たい態度は些か腹立たしかった。

「…てめぇ、ほかの奴らには媚び売るように優しく話してんのに、俺にはめっぽう冷てぇ口調すんだな。HRで言った件でも、根に持ってやがんのか?大人気ねぇな。」

挑発じみた言葉を投げてみる。しかし、彼女の表情は眉ひとつすら、微動打にしなかった。

『いや、あの時君が言ったことは間違ってるとは思ってないし、君のその私に向ける警戒心を持つ姿勢も、当たり前のことだ。それに私は別に、君に冷たくしてるわけじゃないよ、爆豪くん。』

距離があるのに、彼女の口調と鋭い目から、ひしひしと威圧感が伝わってくる。
不覚にもそれに恐れをなしてしまった爆豪は、ぐっと奥歯をかみ締めて拳を強く握り、抗った。

「はぁ?!じゃあなんなんだよテメェの俺に対する態度はよ!俺に喧嘩売ってるつもりか?!」

『…喧嘩を売ってるのは君の方だろ。むしろ私からしたら…』

そこで彼女の言葉が途切れたとともに姿がふっと消え、探す間もなく気づけば肩に手を置かれ、耳元で囁くように告げた。

ーー君は私の本性を引き出してくれているだけだ。


「……っ、」

動けなかった。
彼女がその場を去っていった後の数秒間、爆豪は微動だにすらできなかった。

どうやって近づいた。
瞬きひとつすらしていなかったのに。
個性を発動させたようにも思えなかったのに。
一秒すらかかっていない間に気配を消し、自分との数メートルある距離を縮めた。
足音すら聞こえなかったその神業を見せつけられた爆豪は、相手との実力の差を叩きつけられたような感覚に陥り、気づけば手のひらに大量の汗をかいていた。

「くそっ、あれが無名のヒーローなわけねぇ……!アイツ一体、何隠していやがんだッッ!」

悔しげに叫んでははっと我に返り、目的だった冷蔵庫から水を取りだし、急ぎ足で部屋へと戻る。

せっかくリフレッシュをして再び眠りにつこうと思っていたというのに、結局今度は彼女の姿や声が目に焼き付いて眠れなくなったのは、言うまでもない。



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