轟家との休日


轟焦凍は姉の冬美が運転する中、後部座席で体を強ばらせて座る零を横目で眺めつつも、車内の会話に耳を傾けた。

「いやぁ、まさかうちの焦凍があなたのような方にお世話になってるとは驚きですよぉ!しかも警備要員なんて!お強いんですねぇ。」

「しかもこんなに若くって綺麗な人だなんて…。お母さんが知ったらきっと驚くわぁ。」

『いいいえ、私はそんな大層な者じゃ…』

二人の声が弾んでいるのが伝わってくる一方、彼女は慣れない環境のせいかいつも以上に表情を作るのが不器用だった。

「零、そんなに緊張しなくても…俺の家族なんだ。気楽にしてろよ。」

そう言うと、珍しく彼女は突っかかるように身を乗り出して反論してきた。

『無、無理に決まってるでしょう!最近人と話すことに慣れてきたばっかりなのに、急に家族の輪の中に入るなんて!!』

「お、おう…わりぃ。」

あまりに切羽詰まった勢いに、思わず謝罪する。
冬美はそれを聞きかねて、バックミラーで彼女を不思議そうに見つめては、口を開いた。

「零さんは、ご兄弟とかはいらっしゃらないの?」

『えっ……』

唐突な質問に、零の身体が更に強ばって複雑そうな表情を浮かべた。
彼女の家庭事情は複雑だ。なんて答えたらいいのか考えているのだろう。

「……っ、姉さん、それは…」

「あら、ごめんなさい!聞いちゃいけない事だったかしら!」

『いえ…私の方こそごめんなさい。今まであまり聞かれた事がなかったので、何て答えていいものか悩んでいました。』

「もしかして、零さんの御家族…」

『はい。血の繋がった家族は幼い頃に他界して、今はもう存在しません。』

「それは、大変でしたね…」

車内の空気が一気に重々しくなったような気がした。
どう口を挟むべきか悩んでいると、零の口から「いいえ…」と零すのが聞こえた。

『私をここまで育ててくれた、兄のような存在の人がいますから。今の私にとっての家族のような存在は、その人だけですね。』

そう答えた零の表情は、昔の頃を思い出しているのか、酷く穏やかで柔らかいものだった。

「それって…相澤先生のことか?」

まるで愛おしい人を思う様な物言いに、複雑な心境になりつつそう尋ねてみると、彼女ははにかんだ笑みで首を縦に振った。

「えっ?!そのお兄さんみたいな人ってのが、焦凍の担任の相澤先生なんですか?!」

『え?えぇ、そうです。』

「そんな頃から知り合いなのか…」

『そうだね。かれこれもう6年目の付き合いかなぁ…。』

「そんなに?!それってもう恋人同然なんじゃ…!」

『いえいえ!恋人じゃないですよ?!むしろ歳が10も離れてるのに、そんなわけないじゃないですか!』

夏雄の発言に慌てて否定する零の頬が微かに赤い。
それを見た冬美は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて彼女に詰め寄った。

「大人になれば10の差なんてさほど気にならないですよ?零さん、もしかして相澤先生に片想いされてるんじゃ…?」

「そう、なのか?」

便乗して弱々しくそう問うと、零は更に首を左右に振ってそれを否定した。

『ちちち違うって!消太さんとは本当にそんなんじゃなくて!』

「必死に否定するところがますます怪しいわね。」

『……そういうもんなんですか?』

「…いや、聞くなよ。違うって言ってんだから違うんだろ。」

ひとまず無知な彼女に恋愛感情の自覚はさせまいと、強めに否定してみる。
零はその言葉を素直に受け止めて、そうだよね…なんて零すものだから、鈍感かつ天然な性格でよかった、と少しホッとして胸をなで下ろした。

「じゃあ、雄英高校に入ったのも、もしかして相澤先生きっかけなんスか?」

『いえ…まぁそれも確かにありますが、元々は校長の根津さんとも面識があったので、相澤先生経由で依頼されたんです。』

校長とも面識のある彼女に、はたまた二人が感心の声を上げるのを他所に、頭の中では相澤と零の関係性について考えていた。

普段のやり取りから互いに互いを信頼し、認めあっているのは見ていて伝わってくる。
二人の出会った馴れ初めは知らないが、以前から知り合いだったのだろうという事も大方理解はしていた。

しかしこうして彼女の口から、いざその絆の深さを口に出されると、複雑な心境になる。
ましてや彼の事を思い出しながら頬をあからめる様子は、正直見ていて良い気はしない。

相手はプロヒーローであり、師ともいえる強敵のイレイザーヘッド。
強くもあり、彼女に対しては随分と甘いし優しさも露骨に見せている点からすると、彼のようなポジションになるのは、積み重ねてきた年月から考えても先ず難しい。

それ以前にそもそも自分はまだ、彼と対抗意識を持つ土台にすら立てていないのだ。
零の隣にいれるのは、最低限肩を並べて闘える強さがなければ、彼女を支えて守る事すら適わない。

ーーだからまずは強くならなければならない。

窓の外を眺めながら、無意識に強く拳を握りしめては密かにそう意志を固めるのであった。


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