轟家との休日
祝日を挟む三連休の早朝。
轟焦凍は寮を出る前に、零に一言挨拶を交わしてから行こうと部屋を訪れた。
しかし一向に物音すらしない状況に不思議に思い、申し訳ない気持ちで扉を開けるも、部屋の中に彼女の姿は見当たらなかった。
「…こんな朝からどっか行ったのか。珍しいな。」
時計を見れば7時を過ぎたところだ。
“忍”という種族は、元々夜に活動する習性があるらしく、滅法朝が弱いらしい。
そのせいかこの時間はいつもまだ布団の中に入っていることが多く、こうやって度々必要な時は起こしにくることはあったが…。
昨夜の間に任務が入ったのかもしれない。
と、その時はたいして深く考えもせずに、寮を後にした。
こういう連休が続く日は、決まって帰省して母に会いに行く習慣を作っている。
最近敵連合の動きやら、仮免講習などのせいでなかなか時間がとれなかったせいで、今日母に会いに行くのは随分久しぶりな感じがする。
数時間かけて故郷へと帰る中、今日はどんな話をしようか…と心を弾ませながら考えていると、気づけばすぐに地元の駅へと到着し、足は自宅の前までたどり着いていた。
いつものように玄関を開けて中に入ると、居間からパタパタと掛けてくる姉の姿を目にした。
「しょーとーーーっっ!」
「ただいま、姉さん。…親父、帰ってるのか。」
玄関に座りながら靴を脱ぎつつ、ちらりと横の目を向ければ確かに奴の靴が置かれていた。
そしてその隣には、エンデヴァーの足のサイズよりも何周りも小さい女物の下駄が並んでおり、首を傾げた。
「…?誰か客人でも来てるのか?」
「そ、そうなのよ!!焦凍が帰ってくるほんの1時間前に、突然お客さんがやってきて、しかも若くて綺麗な女の人で…!!」
「ちょ、落ち着いて…」
どうやら冬美は父の行動に酷く動揺しているらしい。
自分の両肩を掴んでは前後に勢いよく揺さぶられ、彼女の声を聞くのがやっとだった。
次に轟家の次男・兄の夏雄も慌ただしくその場にやってきては、尋常じゃない動揺っぷりに目を見開いた。
「焦凍!!どーなっちまったんだよアイツ!!いくら見た目が母さんに似てるかもしれないからって、よりにもよってあんな若い女の人をっ…!」
「…?!ちょっと待ってくれ。その若い客人ってどんな感じだった?」
エンデヴァーに客人。しかも女性となれば、前例がない。余程動揺しているのだろう。
しかし、何やら嫌な予感がする…。
ふとそんなことが頭に過り、二人に詳しく話を聞いた。
「どうって…俺くらいの若い子で…あぁでも、20代前半とかにも見えたような…。」
「母さんと同じで、短い白髪で金色のきれいな目をしていて…声は優しいんだけど、表情がどこか笑っていないような感じの…着流しを着た女性よ。」
「なっ…なんだって?!」
「「え??焦凍?!」」
その嫌な予感は、どうやら的中したようだ。
白い髪に金色の瞳。加えて表情が硬いとなればそうそうどこにでもいる特徴ではない。
気づけば全速力で長い縁側を走り、父のいる離れの部屋へと一直線に駆けつけ、閉まった襖を勢いよく開けた。
「ちょっと焦凍!そんな急に入ったらお客様に失礼じゃ…!」
自分の後を追いかけるようにやってきた姉と兄も同じようにその場に来ては、再び客人の方向を見ては硬直した。
「焦凍…帰ってたのか。」
「何やってんだよ、親父…っていうか、零も何で普通に家で茶飲んでるんだ。」
じとりと鋭い目線を向けるその先には、あははと苦笑いを浮かべる零の姿があった。
『びっくりしたぁ…焦凍君も帰ってくるなら一緒に来ればよかったね。』
「え、焦凍ともお知り合いなんですか?!」
冬美が大声をあげると、零は体を二人の方へと向けて座り直し、指先までピント伸ばした状態で畳の上にそっと付き、深く頭を下げた。
『ご挨拶が遅くなりました。私、雄英高校にて焦凍君のクラスの護衛を務めさせていただいております、服部零と申します。』
「まままま、まじか!!こんなきれいな人が護衛?!って事は、親父とはヒーロー繋がりか何かで?!」
夏雄がそう尋ねると、彼女は苦笑いを浮かべて「そんなところです…」と肩をすくめて答えた。
本来彼女が隠密ヒーローであることは口外禁止。
その複雑そうな様子を見るに、素性を明かせないことに少し罪悪感を抱いている様子だった。
しかし、今はそんな彼女に配慮している場合ではない。
「…おかしいと思ったよ。朝寮を出る時に部屋へ寄ったのに、朝弱い零の姿がなかったし…帰ってきたら帰ってきたで姉さんたちが動揺して話す客人の風貌はどう考えても零だとしか思えねぇし…
で、どういう状況でこうなったんだ?」
大層不機嫌な声でそう彼女に尋ね、普段なら絶対にしないであろうエンデヴァーの部屋へずかずか入り込んでは、どかりと乱暴にその場に座り込むのだった。