“なかなおり”の仕方


早朝。
いつもよりも深い眠りにつけたせいか、随分いい目覚めだった。
瞼をゆっくりと開けると、未だに子供のような顔をして寝息を立てている零が見え、自然と口元が緩んだ。

起こさないようゆっくりと起き上がり、手錠がかかっている腕に目を向けると、衝撃的な事実を目の当たりにし、思わず間抜けな声が零れた。

「…な、い。」

昨日あれだけ二人を振り回していた手錠が姿かたちもなく消滅している。
一日経つと効果が切れるのか?それとも何か別の解除条件があったのか…
と思考を凝らす中、昨日少年がこれをかけた時の言葉を思い出した。

ーーお姉ちゃんたちが“なかなおり”出来るように、僕がふたりの手を繋いであげたんだ!

無邪気な顔と声で話す様子から、幼いなりに二人を思ってくれてこその行動だったのだと思う。
…なんだ、そういう事か。
答えは少年の言葉にあった。
“なかなおり”ができるように、半強制的に隣に置かれる手。
二人が手を繋げば、それは仲直りができたと同じだととってもいい。

昨夜防ぎきれなかった自制心により、彼女の手を握りしめて、そのまま眠ってしまった。
だがその行為が、少年の言う“なかなおり”だったため、二人を繋ぎ止めるものが消えたのだ。
ようやく理解し、なんだそんなことか…と小さく息を零した。

確かに災難な一日だったと思う。
けれど少年が気遣って行った行為によって、彼女の新たな一面を知り、久しぶりに一日中一緒にいれたことを考えれば、良かった点もあったのだと思う。
まぁ、2度は御免だが……。

相澤は零が寝る間際に零した本音を一人かみ締めては、ようやく未だに呑気に眠り続けている零の体を揺さぶり、優しい声で起こした。

「おい…起きろ、零。朝だぞ。」

『んー………おはよう、ございますぅ……』

眠気眼で目を擦りながらゆっくり起き上がる。
相変わらず朝は弱いのだと、またしても発見をしつつ、静に笑みを浮かべる。
すると彼女はようやく意識がはっきりしたのか、「あれっ!?」と大きな声を上げて目を真ん丸に広げた。

『はっ…外れてるんですか?!えぇ?!』

「…みたいだな。俺も今気づいたよ。」

『どうして外れたんだろう?元々一日しか効果が持たなかったのかな?』

独り言を漏らす彼女に、真実を告げようか否か一瞬悩んだ。
眠っているとはいえ、本人の意志もなく手を繋いでいた事を、小っ恥ずかしくてあまり言いたくはない。
それに手を繋ぐという行為自体、彼女にとっては何ら抵抗がないということも理解している。
この答えを聞いたところで、自分ほど納得のいくものではないのかもしれない。

結局考えた末、彼女に返した言葉はこうだった。

「…さぁ、どうだかな。俺もよく分からん。」

零は不思議そうな顔をしつつも、ようやく自由の身になった事を喜びつつ、早々に寮へ戻ると言って準備を始めた。

そして部屋を去る直前、見送るこちらを振り返ってははにかんだ笑みを見せて言った。

『手錠はもう嫌ですけど…たまにはまたこうして、昔みたいに構って下さいね。楽しかったです。』

では!と言って疾風の如く目の前から消えていく。
まさかそんな言葉を言い逃げされるとは思わず、しばらくぽかんと口を開けたまま、彼女が出ていった扉を見つめて固まった。

「…はっ、アイツは本当に…どうしようもない奴だな。」

数秒後、くしゃりと前髪をかきあげて情けない声で独り言を落とした。

正直言って、まだまだ男がどういうものなのか、全くもって理解していない。

無防備に安心しきったように隣で眠っていた余所で、男はどんな思いで朝を迎えたのか。

そして去り際にそんな言葉を残されて、どれだけ心が揺さぶられるかなど、アイツはきっと皆目見当もつかないだろう。

まだまだ別の意味で危機感のないお子様は、しばらくは過保護のままでいなければならない…むしろ今のまま、自分にだけ心を許したままでいて欲しい、と切に願ってしまう。

彼女が去った今もその香りと余韻に浸りつつも、いつもより穏やかな気持ちで朝の支度にとりかかるのであった。


11/11

prev | next
←list