朧月


一日が終わった。
零は慣れない環境に酷く疲弊しており、早くも自室に篭った。

今日は色々なことがあった。
制服を着て、みんなと同じ様に学食を食べて。
初めてスマホを持つようになって、何人かが連絡先を登録してくれた。
いつでも誰かと繋がっていられるような感覚に、スマホを抱きしめながら密かに心を躍らせる。

正直最初はかなり不安だったが、1-Aのクラスは本当に優しくていい人ばかりだと思う。
突然やってきた他人に、初日から気軽に声をかけてくれるし、自己紹介の時に主張した自分の呼び方も、多方対応してくれている。

唯一気になるのは、HR時に突っかかってきた爆豪という生徒。
彼は見たところ酷く警戒心を抱いていて、会話をするどころか目を合わせようともしない。

『…嫌われてんのかな。』

そう独り言をこぼし、違う違う。と首を横に振る。
今までなら、嫌われるのが普通なくらいだった。
むしろ普通に話しかけてくれる人の方が珍しかったほどで、彼の態度の方が見慣れているはず。

けれども他の生徒があまりにも暖かく、自分の事に関心を持ってくれているせいで、彼が異様に異質だと錯覚してしまった。

いけない、と自分に言い聞かせて目を閉じる。

『みんなだってきっと、私の個性を知ったら嫌がるかもしれないし…』

家族にまでも恐れられ、何度も呪われている、と殺されかけたきっかけになった個性だ。
コントロールがある程度できるようになったとはいえ、赤の他人がそれを受け入れ、隣にいてくれるとは到底思えない。
初めての事ばかりに浮かれていて、自分の存在が如何なるものか忘れるところだった。

『……なんで、二つも個性をもって産まれてきたんだろう…』

服部家の血筋に流れる個性だけならこんな人生にはならなかったのに。
突然変異により新たに得た個性が、もっと人に愛されるような個性なら良かったのに…。

徐々に深まっていくマイナス思考に、はっと我に返って再び勢いよく首を振る。

時計を見れば、もう生徒たちの消灯時間はゆうに過ぎていた。
今日は人と関わることを避けていた零にとって、ようやくキッチンへと向かえる。

重い腰をあげ、零は足音を立てず共用スペースへと向かった。


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