“なかなおり”の仕方
零が個性を発動させて数分後。
思った以上に早くも状況が変わり始めた。
先ほどまでお喋りだった敵が、徐々に口数が減り苦し気なうめき声を発するようになったのだ。
彼女の個性をどれほど吸収したのかは分からないが、隣に立つ零の表情は未だ平然としている。
そして発動している結界の中にいる生徒達は、徐々に体を動かし始めているのに気が付いた。
…なるほど。
治癒結界を張りつつも、その個性を吸収させているというわけか。
確かにそれなら、万が一零が力尽きたとしても、その代わりに生徒達がある程度動けるほどまでに回復できる。
ただ、それだけの個性を駆使して零の体がどこまで持ちこたえられるのか、どれほど反動がくるかが分からない以上、一瞬たりとも気を緩める事すら敵わなかった。
そんな不安な気持ちが頭の中を占領する中、零がようやく口を開き、囁くような小さな声を零した。
『…消太さん。奴がそろそろ動きを見せます。姿が見えたら即座に捕縛してください。』
「…わかった。一応聞くがお前こんなでかい結界を張って大丈夫なのか?」
『えぇ。何てことはないです。このくらいでへばるようじゃ、今まで生きて任務を終えて帰ってくるなんてできませんよ。』
「…そうか。」
ヘラッと笑う彼女に、気づかれないよう安堵の息を零した。
そしてそれとほぼ同時のタイミングで、ガサガサと木の葉が揺れる音がした方向に目を向ければ、ドサリと大きな音を立てて木から落ちる一人の影が目に入った。
『消太さんっ!!』
「…っ、わかってる!!」
零が結界を解除し、手が解放される。
それとほぼ同時のタイミングで首から捕縛武器を外し、奴に向けて放った。
『…良かった、うまくいった…』
ぐるぐるに拘束された敵を見て、零はようやくホッとした表情で胸を撫でおろしていた。
すると彼女の結界にて体力が回復した生徒達が率先して、敵の方へと走り出した。
「あとは僕たちが運びます!」
「零さんはそこで休んでてください!」
「…頼んだ。くれぐれも気を抜くなよ。」
いくら平然としているとはいえ、元々痛みや感情を表に出さないタイプの零の事だ。
疲労しているのも考慮して、ここはあまり動かさない方が賢明だろう。
それに捕縛武器さえ外されなければ、あとは生徒達に任せても大丈夫だろう、と判断しその背中を見送った。
そして彼らが身体共にボロボロになった敵を零の目の前まで連れてきた時、奴は残りの体力を振り絞って、彼女を睨みつけた。
「くっ……くそっ……!なんだお前の個性はっ…!今までに見た事も感じたことも無い、おぞましいものだった…!お前はあんなものを体に取り込んでいるのか…?!化け物だッ!ヒーローじゃないッ!」
「んだとこの野郎ッ!」
誰よりも先に切島が拳を握り、敵に殴り掛かろうとする中、零は男の目線に合わせるよう屈み、じっと見つめた。
敵も彼女の顔を怪訝そうに見つめ、こんな女に負けたのかと歯を食いしばっていると、彼女は口元に笑みを浮かべて吐き捨てた。
『何とでも思えよ。お前なんぞの雑魚敵に、そうやすやすと吸収できる個性じゃないんだよ。相手の強さもわからないのに、自分の個性を強いと過信し、勝負を挑んだ結果だ。』
「ぐっ……!」
彼女の地を這うような声に圧倒されたのは、その言葉を向けられた敵だけではなかった。
周囲にいてそれを見ていた生徒たちも、初めて見る彼女の様子に、驚きと動揺を露わにしていた。
そして再び立ち上がり、くるりと振り返ってこう言った。
『さ、さっさと戻りましょう。言うだけ言ってスッキリしたし、私はもう満足です。』
先程とは打って変わった陽気な声に、再び誰もがぽかんと口を開けて彼女を見つめる。
全くこいつは、オンとオフの差が激しい奴だ。
まぁそう育てたのは、他でもなく自分なのだが…。
「だいたいお前、何に怒ってたんだよ。」
呆れながらも彼女にそう尋ねると、まるで子供のように頬をふくらませてこう返してきた。
『だって、せっかくの授業台無しにした挙句、私の大切な守るべき“君主ら”に手を出そうとしたんですよ。今の時代じゃなければ、間違いなく暗殺対象です!』
「「「……」」」
ここでまさかの忍びらしくも恐ろしい発言に、生徒含め相澤も思わず絶句したのだった。