“なかなおり”の仕方


ようやく頂上へと到着し、零を腕の中から解放して武器を元へと戻した。

ひとまず第一の難関は突破できた。
そう密かに安堵の息を漏らす中、彼女は全く正反対の複雑そうな表情で眉を下げていた。

「…なんだ?」

『な…なんか消太さんがいつもより…』

俯いてボソッと話す彼女の声が上手く聞き取れず、小さく首を傾げる。
しかしその矢先、零の顔がバッと勢いよく上がり周囲をきょろきょろと見渡し始めた。

「…どうした。」

緊迫感漂う彼女の様子に、嫌な予感が過る。
さすが“忍”というだけあって、人の気配や空気の変化には敏感だと、不覚にも感心してしまった。

『…なんか、います。』

ぽつりと零したその一言に、急いで零の視線の先へと顔を向けた。

「…っ、」

森の木々の向こうから、おびただしい空気が流れ込んでくる。
彼女が戦闘態勢をとるように腰を低く保ち、小さく舌打ちをするのが聞こえた。

「…誰だっ!?」

吐き捨てるようにそう大声で問いかけると、この森中に響くように声が伝わってきた。

「雄英高校の生徒がいて、しかも引率の教師が二人とはなぁ。ニュースでセキュリティを強化したって話してたから警戒していたが……こりゃ大したセキュリティだぜっ!」

「…くそっ、この最悪な状況にわざわざ敵が奇襲をかけてくるなんてな…つくづく今日はついてない日だ…」

『…っ、みんな!聞こえた?!授業は中断!個性を使っていますぐここまで登ってきて!』

零は自分が口を開くよりも前に、慌てて後方にいる生徒たちに大声でそう叫び、指示を飛ばした。
その通る声を耳にした生徒達の返事が聞こえ、彼女は小さく安堵の息を零した。

しかし、その判断がまさか事態を更に悪化させていくものになるとは思いもよらなかった。


全員が一度に個性を発動し、最短で各々の姿を見せたその瞬間。
突然個性をが消えたかと思えば、唖然とした表情を浮かべながらその場に崩れるように跪いていく。
尋常ならぬ光景に、動揺して声を荒らげた。

「おい、どうした!?」

「な…なんか力が…抜けて…!」

『…まさか…っ、』

生徒達を見るこちらに対し、彼女は再び敵の位置を探るために目を凝らした。
そしてそれとほぼ同時のタイミングで、先ほど耳にした敵らしき声が響き始めた。

「お前らの個性の強さ、吸収させてもらった!これで俺は最強だ!ざまぁみろッッ!」

「吸収…だと?!」

『まずいな…ここにいる生徒達の個性を全部吸収したとなると、結構な量だ…しかも姿が見えない以上、奴の個性を抹消する事もできない。おまけに生徒達は動けないし、私も消太さんも自由には動けない。…まさに絶体絶命ですね。』

冷静にそう吐きつつも、彼女の額から冷や汗が流れ落ちるのを目にした。

認めたくはないが、彼女の言う通りだ。

もし自由が利くのであれば、一人は生徒達の守りに入り、もう一人が敵の交戦に集中できる。
しかし今現状ではそれができない。

一体どうすれば…。
必死に思考を凝らす中、悔し気に奥歯をギリッと噛みしめていた零がふと口元に笑みを浮かべるのを目にした。

こいつ、一体何を考えている…?

零との付き合い自体は長いが、戦いの場で共戦した事はほぼといっていいほどない。
彼女の強さを知ってはいるが、それは実際に敵と交戦した姿を見たわけでなく、自分が手合わせを何度かしてもらった時の強さを見てきたが故に理解しているだけだ。

今しがた本人が口にした“絶体絶命”のこの状況で、一体どんな思いを抱いているのか、どう闘おうとするのか。正直いって皆目見当もつかず、再び不安を抱いた。


そして彼女は自分が動揺している間に、とんでもない事を口走ったのだった。

『…なぁ、個性を吸収できる能力で、あんた強くなるんだろ?』

姿も見えない相手に叫ぶように投げかける。
そんなに煽るような口調と、何を突然言い出したのかと、彼女に全員の驚きの視線が集中した。

それよりも今の零から放たれる威圧感を間近に感じ、思わず息を呑んだ。

「その通りだ。だから今の俺の力は最強だっ!貴様らは悪いがもう用はないからな…死んでもらう!」

『増幅させた俺の力?笑わせんなよ。いくら他人の力を吸収したと言っても、所詮ヒーローの卵の個性の力だ。大した増幅にもならん。どうせなら、ちゃんとプロヒーローの個性の力を吸収してから大ごと叩けよ。』

「…?!おまえ、まさか…!」

吐き捨てるように言ったその言葉に、彼女の考えがようやく見え始めた。
敵は高笑いを始め、終いにはその挑発にのるように浮かれた声を返してきた。

「女…貴様見たことないヒーローだな。俺の個性に貴様の個性が勝るとでもいいたいのか?」

『どうだかな…。単純な賭けだ。あんたが私の個性を吸収しきれるか、私の個性の力が上か。まさか、見たこともない女のヒーローに負けることを恐れてその勝負に乗らない…というわけでもないだろう?』

「…いいだろう。お前の挑発に乗ってやる。個性を出せ!」

「バカッ、止せ…!」

「零さん、だめだ…!」

生徒達も力なき弱々しい声で彼女を止めようとする中、何としても止めなければと勢いよく彼女の肩を掴んだ。
しかし彼女は止まる事を知らない。
個性を発動する前に、大きく何度も深呼吸して、周りを見渡した。

「おい、やめろ零!こんな状況で個性を使えばお前がまた…!」

『…じゃあ今現状で、他に対策法はありますか?』

「…っ、」

冷たく吐かれたそれに、返す言葉が見つからなかった。
確かに彼女の言う通りだ。思いのまま自由に動けない以上、彼女の選択は正しいかもしれない。
しかしただでさえ傷も回復しきっておらず、個性を発動させればまた余命が短くなるかもしれない…容態を悪化させてしまうかもしれないこの状況で、どうしてもそれだけは避けたかった。

『…大丈夫ですよ、消太さん。』

心の中を読んだのか、不安と焦りの感情を悟ったような穏やかな声で、彼女は呟いた。
そしてそれに反論する前に、もう一度念を押すように口を開き、小さく笑った。

『言ったでしょう。なるようになるって…それに、私を信じてください。消太さん。』

「…っ、」

零は再び“朧”としている時の冷たい表情に戻し、少し歩いては場所を移動した。
気づけば生徒達の中心の位置まで来ており、零はすぅっと大きく息を吐いて、目線を前に向けたまま自身に告げた。

『ごめんなさい、ちょっと腕の力抜いててくださいね。結界はるのに、腕動かさないといけないですから。』

言葉は思いやりがあるものの、まるで昔のような感情のない冷たい声が聞こえた。
今となっては隣にいるのは零ではない。“朧”だ。

そう悟ったとほぼ同時に、零は両手を広げ、凛とした声で叫んだ。

『…“結界”!』

ぶわっと全身に風が吹きつける。
大気中の空気が流れを変えて起きた反動だった。
間近で個性を発動されるのは初めてだった。

まさかここまで威力の強い個性だったとは……。

彼女の腕と繋がった自分の腕が、ビリビリと皮膚に電撃のような刺激を感じ、その威力の凄まじさが伝わってくる。
とてもじゃないが、自分の持つ個性とは比ではない。

こんな個性を、ずっと使い続けていたのか…。

距離が近づいて、初めて分かる事もある。
普段遠目で彼女の個性を使う様は見てきたが、ここまで威力の強いものだとは到底思えなかった。
それはきっと、零が何食わぬ顔でこの個性をコントロールし、出し惜しみせず平気で使う所を見てきたからだ。

彼女の個性と力の偉大さに圧倒される中、零は一か八かの賭けをしているにも関わらず、どこか勝算があるような自信気な笑みを浮かべているのだった。


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