“なかなおり”の仕方
雄英高校から車で15分。
学校の私有地につき個性の使用が許可されたこの山で、今日は体力作りを行うカリキュラムだった。
この時間は教員の人数が間に合わず、自分に加え零も引率しているのであれば、他の人員は必要ないと判断し、誰もいない。
そんな事は最初から分かっていたのだが、結局彼女の強い推しに負け、通常通り授業を行ってしまっている訳だが……。
「今日の授業では極力個性は使うな。己の体力を磨き、持久力を鍛える事も大切だ。」
「…先生!質問をお許しください!」
「なんだ、飯田。」
「先生方も、この山登りには引率して頂けるというお話でしたが…その、どうやって……」
「…」
そう、問題はそこだ。
零の体重が軽いのは知っているが、さすがに彼女を抱えて普通に登れるほど、この山の斜面は穏やかではない。
『大丈夫。私が責任をもって相澤先生を抱えて登りま…』
「頼むからやめてくれ。」
平然と話す彼女の声に前のめりで突っ込むと、微かに頬を膨らまして目を逸らす。
「他人の心配をする余裕があるなら、少しでも早く登ることに集中しろっ!」
「「「はいっ!」」」
有無を言わさずの一喝入れて気をそらし、彼らには早々驚異的なる崖を登らせ始めた。
そうして必死に登り始める生徒たちを下から見届けながら、再び彼女へと視線を戻し、大きく息を吐いた。
「生徒たちの前で紛らわしい発言はやめろ。だいたいお前に抱えられる俺の身にもなれ。」
『やっぱ、嫌ですか…』
しゅん、と子犬のように眉を下げる彼女に思わず言葉を詰まらせる。
確かに零の速さと身軽さなら、自分を抱えた状態で本当にこの崖を登ってしまいそうではあるが、問題はそこじゃない。
生徒たちの目もある手前、それだけはどうしても避けたいのだ。
「嫌とかそう言う問題じゃない。そもそも男が女に担がれる考え自体が、間違ってんだよ……。まぁ、かと言ってこの山でお前を抱えながら普通に登っていくのは、とてもじゃないが無理な話だ。だから自力での持っている生徒には申し訳ないが、俺が補足武器でつたって登っていく。お前は怪我のこともあるし大人しくしてろ。」
『私、重いですよ?』
「俺はお前を重いと思ったことは一度もないが?」
そう返した矢先、彼女は突然思わぬリアクションを取った。
顔を真っ赤に染めて、それを腕を上げて覆い隠したのだ。
異性と認められていなかった事に少々複雑な思いを抱いていたが、いざそんな様子を露わにする零を唐突に前にされると、それはそれで調子を狂わされる。
珍しいが故に、目を点にせざるをえなかった。
「な、なんだ…」
『な、なんでもないですっ!』
不必死に照れているのを隠す彼女を目の当たりにしたせいか、不覚にも今心を読む個性を持っていたら…なんて考えては、はっと我に返る。くだらない思考をかき消す為に勢いよく頭を振り、無理矢理話を戻した。
「で、いいのか?ダメなのか?」
『だ、大丈夫です…お願いします。』
彼女の意志を確認した後、首元につけた捕縛武器をゆっくりと解き、もう片方の手で零の腰に手を回しては瞬速でてっぺんへと向かうのであった。