“なかなおり”の仕方


『……どうしよう、消太さん。』

「……」

少年が去ったあと、しばらく沈黙が流れた末に彼女が零した声は、余りにも力なきものだった。

しかしそれに軽い気持ちで言葉を返せるほど、事態は穏やかなものでは無い。

通りすがりの少年がかけていった手錠は、恐らく個性のものだというのは分かる。
だが言い方を変えればそれだけしか分かっておらず、これがいつ解けるのか、どうやったら外れるのかは皆目見当もつかない。
そして唯一その答えを知っている可能性のある少年も、一体どこに住んでる誰なのかすら分からないとなると、どう考えても八方塞がりである事は明白だ。

いや…ある意味最も最悪なのは今日は平日で、この後仕事が待っているという事だ。

ただでさえ職員内で、付き合っているのか、どちらかが想いを寄せているのか、などと疑われている二人がこんな事態になったのを彼らが見れば、それこそ笑いものもいいとこだ。

今からどう動くべきか必死に思考をこらす中、隣にいる零は小さくため息を零すのを耳にし、ハッと現実に引き戻された。

『……仕方ありませんね。ここにいても何の手の打ちようもないので、ひとまず帰りましょう。』

「…帰るって、お前な……。何も考えずにすぐ行動しても非合理的だぞ。だいたい、もうこの時間だと起きてる生徒もちらほら居るんだ。注目を浴びる事態にでもなったら後々面倒な事になる。」

『でも、この手錠はあの少年の個性ですよね?そうなると鍵もないから外しようがないので、やるとしたら力任せに壊すしかありません。誰かの力が必要です。』

こんな時にも冷静に物事を判断する彼女に不覚にも感心を抱いては、彼女の性格を重々理解している相澤の頭には、すぐ別の見解が生まれた。

いや、そうじゃない。
恐らく事の重大さに気づいていないのだ。
このままだと何もかもが共に行動しなければ成せないという事も、彼女と常に一緒にいるこちらの危険性も。

「…お前の無効化結界で何とかならないのか?」

微かな希望を胸に抱き零に尋ねてみる。
しかし彼女はうーん、と考えた後驚くほど淡々と話を始めた。

『無理ですよ。無効化はあなたの抹消と同じ。発動した個性そのものに対して効果はありません。かといって刀で斬るにも、さすがに角度が悪くて力が入りませんし。チャレンジしても、誤って腕ごと斬りそうなんで…誰かに頼んで壊してもらった方が賢明だと思いますよ?』

「しれっと恐ろしい事を言うな。しかし…これを破壊できるような個性を持つやつとなれば…繊細でかつパワー型の個性を持つ奴に頼んだ方が良さそうだな。緑谷…あとは八百万に何か創造してもらって試すしかない、か…」

『あれ?そこは生徒を頼るんですね。てっきり先生が他の誰かにお願いするのかと…』

「冷やかされるのがオチだ。お前はまだしも、俺は毎日のように言われてるんだぞ。」

『えぇ?意外…一体何でそんなに冷やかされてるんですか?』

お前だよ、お前。

不思議そうにこちらを見つめる彼女にそう声なき訴えをぶつけながら、肩で息を吐いた。

「とにかく、だ。ひとまず寮に戻って起きてる奴らに頼んでみよう。こういう時は、気のもち用だ。あらゆる方法を試してみて、それでもダメなら何か別の対策をとるしかない。間違っても諦めるなよ。」

『うーん…まぁ、難しく考えるのはやめましょう。最悪明日またこの時間に公園に来れば、あの少年に会って解除できるかもしれないですし…それまでの辛抱ですよ。』

「簡単に言うな。そもそもあの年の子供なんて、自分の個性を使いこなせてすらいないんだぞ。例え会えたとしても外し方がわからないんじゃ、話にならない。だいたいお前、これが外れなかった時の生活がどんなものか分かってるのか?」

『消太さんとずっと一緒に行動するんですよね?大丈夫ですよ、なんとかなりますって!』

「なんでこういう時だけ楽天的なんだよ……。まぁ今お前のことをとやかく言っても仕方ないが…こうなった以上、先に言っておく。個性が発動したら俺に言え。」

『え?なんで?』

「なんでも、だ。俺だって男でいい歳なんだぞ。一人で考え事したい時だってある。」

『…なんかよくわかんないですけど、わかりました。』

気のない返事をする彼女に不安を抱きつつも、ひとまず今は何よりも一刻も早くこれを外して自由の身になる方法を探すのが先決だ。

そしてこの時、事態は思わぬ方向へと進んでいくという未来が待ち構えているとうことなど、知る由もなかった。


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