朧月


午後。ヒーロー基礎学の授業が始まる。

今日は必殺技を編み出す授業を行うつもりで、セメントスの個性を生かした“TDL”へと生徒を導いた。

相澤消太は授業内容を簡単に説明し、各々取り組むように指示をした、後。
生徒たちの後方に隠れていた零が視界に入る。なぜか制服を着ているのに驚いて、固まった。

「お……おいおい、なんて格好してるんだ。」

確かに年齢的には問題ない。
いや、そういう問題でもない。
一見生徒に混じっていても何ら違和感はないが、なんの意図があってそれを着ている?

しかも零が武器としている日本刀はしっかりと左手に持っていて、妙にしっくりくるときた。まるでどこぞのコミックに出てくるような新たなキャラクターにも見え、何度か瞬きを繰り返した。

そんな心境をよそに、彼女はその質問にすんなり答え、着替えた方がいいですか?と困った様子で尋ねてきた。
まさか学校生活を少しでも味あわせてやりたい、と考えていた校長が、早くも服装から手をうってくるとは思っていなかった。

突然急展開になった状況を整理しつつも、頭をガシガシとかきながら、ようやく彼女の問いに、いや……と否定した。

「まぁ確かにかえってその方が目立たんかもな。……服装に関してとやかく言うつもりはないが、いざとなった時ちゃんと戦闘できるのか、それ。」

『制服の下にコスチューム着てますから、問題は無いですよ。ただ、あまりにも目障りなようでしたら今すぐ脱ぎますが。』

「いいって言ってるだろ。しかし、お前も年相応の服着れば、もう少し幼く見れるもんなんだな。」

『…遠回しに老けてるって宣言してますよね。』

じとりと睨まれる視線から目を逸らしつつも、違うって。と否定する。
そして次にはポケットの中をごそごそとあさりだし、スマホを取り出した。

「おいおい、初日からえらい変化だな…。まさかお前がそれを持つとは。校長からか?」

『はい。何かあった時に連絡が取れた方がいいと言うことで……だから、相澤先生の番号を登録してください。』

「あ、あぁ…」

動揺しつつも渡されたスマホの電話帳を開けると、既に何人か名前が登録されているのを目の当たりにし、再び瞬きを繰り返す。

「お前、これ……」

『あぁ、緑谷くんたちですか。それを受け取った時にたまたま一緒にいて。使い方がわからない私に、いろいろ教えてくれたんです。そのついでに、連絡先も交換してくれました。』

そう答えた零は、分かりにくいが確かに喜びの笑みを浮かべていた。
彼女が進んで連絡先を聞くような性格ではないのを知っている。
となると、あいつらが半ば強引に連絡先を登録した、と考えるのが正解だろう。

心の中で生徒達に感謝の気持ちを述べつつ、スマホに自分の連絡先を登録し、彼女へと戻した。

零は受け取ると、恐る恐るこちらを見上げては小さな声でこう言った。

『あの、邪魔にならないように授業見学してていいですか?』

「構わん。回ってみて、お前がなにかアドバイスしてやれる事があるんなら、してやれ。」

そう返すと、難しい表情で小さく頷いた。

最初は彼女が環境の変化についていけるのか不安でしかなかったが、相澤から見てかなりいいスタートを切っている。

自分を背にして生徒たちの方へ歩いていく彼女の背中を見つめながらそう感じていると、いつの間にかオールマイトが隣に現れた。

「お、オールマイトッ!?」

「彼女、意外と社交的じゃないか。昔に比べて少し成長したんじゃないのか?…まぁ、自分を卑下する辺りは変わっていないがね。」

自分と同じように、彼女を暖かい目で見つめてはそう零す。
視線を再び彼女へと戻し、何人かの生徒に声をかけられながらも精一杯受け答えしている光景を見つめながら、小さく笑った。

「えぇ。密かにアイツを心配してくれる人がここにはいる。きっとそれだけで、いい刺激になると思います。」

その言葉に、オールマイトはフッと静かに笑みを浮かべては、一人一人生徒達にアドバイスの声をかけていくのであった。


8/13

prev | next
←list