平穏な休日


すっかり日も暮れ、ようやくショッピングモールを終えて雄英高校へと戻ってきた。

「いやぁ、今日は付き合ってくれてマジサンキューな、二人とも。おかげでいいショッピングができたぜ。」

結局午後は予定通り三人でプレゼントマイクに振り回されたが、結果としては目的を果たせたようだ。
彼は満足そうな笑みを浮かべてもう一度礼を述べた後、一足先に職員寮へと戻っていった。

零と二人きりになり、秋の冷たい風がひんやりと体に触れた。
隣にいる彼女は、露出した足先から冷えたのか小さくくしゃみをして、身を震わせた。

「お前も今日は疲れただろ。夜は冷えるし、もう部屋に戻ってゆっくり休め。明日からは通常通り授業もあるし、お前も護衛の仕事に専念しなきゃいけないだろうからな。」

『はい。今日は楽しかったです、消太さん。それじゃ…』

彼女も満面の笑みを浮かべて、早々にくるりと踵を返しハイツアライアンスへと体を向けた。

ーーたぶん、お前が思ってる以上にあの子は器がでけぇと、俺は思う。
別に今のお前が多少今より欲望のままに動いたところで、それを受け止めるくらいの事はするだろーよ。

ーーやってもねぇ事に怯えるなんて、らしくないぜイレイザー。とりあえず一歩踏み出してみてから、相手がどう出るか考えろや。

徐々に距離が離れていく彼女の背中を前に、ふとプレゼントマイクの言葉が頭の中をよぎった。

本当に、いいのだろうか。
少しだけ、彼女に自分の欲望をぶつけても。彼女を独占したいという意思を曝け出しても…。

そう自問自答する中で、気付けば彼女の名を呼んでいた。

「零。」

『…え?』

何の疑いもなく、こちらを振り向く。
そしてそれとほぼ同時に、ポケットにしまい込んでいた小さなピンキーリングを、指ではじいて彼女に渡した。

見事零の手のひらに収まり、彼女はぽかんと口を開けたままそれを見る。

『これ…』

「お前、買い物の途中にずっとそれ見てただろ。せっかく初めての買い物に行ったんだし…一つくらいなんか買ってやろうと思ってな。」

自分でも呆れるほど、上手い言い回しだと思う。
本当は、何か一つでも自分が与えたものを彼女に身に着けてほしい、という独占欲から選んだものだ。
しかし、四の五の構っている暇はない。
彼女に自分の存在を留めておくためなら、何も惜しみはしない。

そう心を切り替えて、再び彼女と向き合った。

『消太さん…』

「まぁ、身に着けるかどうかはお前が決めれば…」

『大切にします!!』

自分の声を遮るように、歓喜溢れた大きな声を耳にした。
照れくさくて下げていた目線を再び彼女に向けると、思わぬ表情に目を見張った。

今にも泣きだしそうな程、くしゃくしゃで不器用に微笑む零は、心の中を酷くかき乱した。

ーーあぁ、また欲が出る。

ぐっと拳を握りしめた後、平常心を取り戻して微笑み返す。
零はそれをすぐに小指にはめて、夕日にかざした。

『綺麗…。』

「気に入ったんならよかった。」

『…あれから考えたんですけど。消太さんは、やっぱりどんな時でも私のヒーローですね。常に私の隣にいてくれて、いつどんな時だって迷いなくその手を差し伸べてくれる。…私にとって、特別なヒーローです。』

「お、おう…」

『だからたぶんこれから先、きっとこの指輪を見るたびに思うと思います。“お前のヒーローはいつでも傍にいる”、“お前のヒーローは、ここにいる”って。』

「…ッ、」

彼女の言葉や想いは、いつだって突然真っすぐにぶつけてくる。
ただ、自分がプレゼントしたその指輪を見つめて頬を赤らめながらそう告げる彼女の言葉は、いつも以上に格別深い意味があるような気がした。

「…フッ、そう思うんなら、ちゃんといつでも頼れ。俺はずっと、お前が俺を必要ないと思うまで傍にいてやる。」

口元を緩めてそう告げると、零は少し驚いた様子でこう返した。

『…どうしよう。そんな事言われたら、難しいです…。』

「あ?何がだ。」

『例えどんな事があったとしても、私が消太さんを必要ないと思うことなんて、たぶんこの先一生ないから…。』

「…」

純粋で真っ直ぐな心を持つ零。
彼女が零したその言葉の意味が、異性としてなのか大切な家族としてなのか、その真意は分からない。

それでも少しだけ、自信がついた。
彼女も自分と同じように、ずっと先を見据えて必要と思ってくれている。
彼女が言う“例えどんな事があったとしても…”にどれだけの意味が含まれているのかは分からないが、案外プレゼントマイクの言うように、もっと自分の欲を曝け出してもいいのかもしれない。

「…そうか。んじゃ俺もこの先、お前を手離すつもりはない。後で嫌だっつっても知らないからな。」

去り際にそんならしくもない言葉を吐き捨てる。しかし彼女は嬉しそうに微笑んでは、こう返したのだ。

『…はい。消太さんこそ、覚悟してくださいね。』

「…ッ、」

零は再び踵を返し、軽快な足取りで寮へと戻っていった。
しばらくその背中が見えなくなるまでぼんやりと眺めては、一気に気が抜けてその場にしゃがみこんだ。

「〜〜〜ッ、あんな返しする女いるかよ、普通…」

完敗だ。カッコイイな畜生。
こちらが恥ずかしさを惜しんでそれとなく臭い台詞を吐いても、彼女は一も二も上回りの言葉を平気で返してくる。
毎度毎度零の一言に鼓動を跳ねてしまうこっちの身にもなってほしいものだ。

こういうのを、何ていうんだっけな。
敢えて切島がよく口にする言葉を借りるなら…

「漢前だなぁ…アイツ。」

そんな情けない声を漏らして、すっかり疲れ切ってしまった体を癒すため、自室へと向かった。



ーーーそれから翌日。
いつものように教室の窓から外の景色を眺める零は、一つだけいつもと違った。
時折垣間見る彼女は、指輪をはめた小指を見つめては、密かに嬉しそうな笑みを浮かべているのであった。


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