平穏な休日
プレゼントマイクからの着信により、ようやく合流して昼食をとることになった。
「ねぇねぇ零ちゃん、何か買った?イレイザーとショッピング楽しんでたんだろ?」
『えぇ?!まだ何も…っていうか、正直この人盛りで消太さんとはぐれないようにするのがやっとで…。それに買い物ってあまり慣れてないので、何買っていいのか分からないんですよね。』
「ふぅん…。その若さでショッピングが初めてかぁ。初々しいねぇ、いいよォ零チャーン!bery cute!」
『は…はぁ。』
「…おい、それよりさっさと注文するものを選べ。零はどうせまだ決まってないんだろ。」
『はッ!そうでした。』
マイクのストレートな言葉に恥ずかしがってメニュー表で顔を隠していた零は、再び何を食べるかという難題に挑み始めた。
彼女の環境上、こういうところで食事をとることは滅法少ないのだろう。
隣でメニューを凝視している彼女から、あまりにも不慣れな感じが漂っていた。
「…俺が選んでやろうか?」
『え、いいの?』
「どうせどれが何か大してわかってないんだろ。」
『し、失礼な…!』
見下したような言い方で、ひょいっとメニューを取り上げる。
今しがた自分の発言で唇を尖らせている零を余所に、一通りメニューに目を通しては即決してやった。
『え、もう決まったんですか?』
「こういう時は、普段あまり食う機会がないもん頼んどけ。どうせお前、好き嫌いとかないんだから。」
『はー…なるほど。さすが消太さん。私の事何でもわかっちゃうんですね!』
「わかるか、阿呆。」
『あ、私ちょっとお手洗い行ってきます。』
注文を終えた後、すぐさま席を立った零を見上げては、先ほどの一件もあり不安げな様子で尋ねてみた。
「…お前、一人で行けるのか。」
『なっ…トイレくらい一人で行けますよ!もう、消太さんの過保護!』
子供のようにベーっと舌を出して去っていく零を見送り、自然と顔を緩めて小さく息を吐く。
するとそれを見逃さなかったプレゼントマイクが、ようやく彼女がいなくなったのをいいことに、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべたのだ。
「俺の見事なパフォーマンスで、思わぬ展開でデートになった一時……どうだったよイレイザー。」
「…お前、やっぱりわざとか。」
向かいに座る男に目を細めて鋭い視線を送る。
それを見て怯えたマイクを見ては、目線を窓ガラスから見える景色へと移した。
「大変だったんだぞ、こっちは。お前とはぐれた後、あいつと合流する僅かな時間で変な男らにナンパされてて助ける羽目になるし。はしゃいだアイツを迷子にならないよう見とくのも随分骨が折れるし…」
「へぇ、零ちゃんがナンパされるとこ見て助けたのかァ。普段面倒事が嫌いで目立つの嫌なお前が、随分と珍しいじゃねぇかイレイザー。」
「…うるせぇ。」
奴が言う事はごもっともだ。
本来の自分ならまずそんな事はしない。
零だからこそ、あの時咄嗟に無意識のうちに体が動いたんだ。
「まぁでもよぉ、俺ァそういうの大事だと思うぜ。」
「…あ?」
「なんつぅか、俺からすりゃお前が“保護者代理”っつぅ立場を言い訳にして、零ちゃんにある程度の距離を無理に保ってるようにしか見えねぇんだよ。
あの様子見てりゃ、オメェの事大切に想ってるのははたから見てもわかるし、もうちょい自分の欲に素直になりゃいーんじゃねぇの?」
「簡単に言うな。アイツにとって、俺は唯一家族みたいなもんなんだ。その関係を崩して一歩前に出る事は、どうやったって何かを壊す事になる。俺には正直、そんな度胸もないし、自信もない。」
「ふぅん…。今以上の関係になる以前に、今の関係を壊すのが嫌で踏みとどまるっつーわけねぇ。健気だねぇ…。でも、やっぱ俺からみりゃ、無駄な我慢だと思うぜ、それ。」
「…どういう意味だ?」
そう尋ねると、先ほどまで浮ついた笑みだったマイクの表情が、一瞬にして真剣な眼差しへと変わった。
その切り替えに思わず息を飲むも、彼の言葉に耳を傾けた。
「零ちゃんは確かに、異性の好意に関してはやたら鈍感だしド天然要素も強ぇ。でも、たぶんお前が思ってる以上にあの子は器がでけぇと、俺は思う。別にお前が多少今より欲望のままに動いたところで、それを受け止めるくらいの事はするだろーよ。」
「…零が、」
「やってもねぇ事に怯えるなんて、らしくないぜイレイザー。とりあえず一歩踏み出してみてから、相手がどう出るか考えろや。零ちゃんも成長していくんだから、お互いいつまで経っても同じってわけにはいかない。恋愛も戦闘もそういうもんだろ。」
「…」
彼の言いたいことが、何となくわかった。
確かに自分の欲が、どこまで零にとって許容範囲なのか、試したことはない。
それどころか、何もせずただ可能性の一つとしてある絶望的な未来に、ただ怯えて何もしていないだけだ。
マイクの言う通り、戦闘と同じで受け身だけではいつまでたってもその先に未来はない。
一歩踏み出す…。
正直一歩踏み出せば今までため込んでいた欲があふれ出してしまいそうな気もしなくはないが、いつまでも“同じ”でいられないのも確かだ。
実際、周囲に彼女に好意を抱いている生徒も何人かいるし、以前と比べて異性を意識しているのも何となくだがわかる。
そして轟や爆豪を見てると、嫌でも思い知らされる。
俺は二人と違って、変に大人ぶってアイツに異性として見られようと努力していない。
今のままでは、きっとアイツは一生“家族”のように接し続けるのだろう。
ただ俺は、本当に何も進まず見守るだけで、いいのだろうか。
ーー何もしなければ、何も始まらない。
そう心の中で自問自答が続いた矢先、マイクが再び口元に笑みを浮かべる様子が視界に映った。
「ま、余計な事かもしんねぇけどよォ。どっちにしろ俺はオメェらのそういう初々しいところをこれから先も楽しく見届けさせてもらうぜィ。」
「…お前、結局ただ見てるのが楽しいだけだろ。」
「だって零ちゃんの前でのイレイザー、動揺しまくりですっげぇウケるんだよ!学生時代からの付き合いの俺ですらビビるくらい、そりゃもぉ…!」
『何の話ですか?』
「「…!?」」
突然戻ってきた零の声に、二人はびくりと肩を震わせた。
「あ、いや…実はさっきお前が変な連中に絡まれてた時の話をしてたんだ。な、マイク。」
「あーそうそう!零ちゃん、大変だったんだってなァ。」
咄嗟に誤魔化した話題に、なんとかマイクが口を合わせる。
零はそんなぎこちない空気に気づくことなく、「あぁ!」とその話に食いついた。
『大変でしたよー。意外と力強かったし、捻りつぶそうと思ったんですけど、一般人にどうやっていいかあんまり加減もわからなくて…』
「捻りつぶ…」
先刻の自分と同様、爽やかな顔で恐ろしい語彙を吐き捨てる彼女に、マイクが唖然とする。
零はそんな様子の彼に気づく事もなく、「でも…」と話を続けた。
『咄嗟に消太さんの名前を呼んじゃったんですけど、そしたらホントに消太さんが助けに来てくれて。あの時の消太さん、なんかヒーローみたいでほんとにかっこよかったです。』
「…ッ、」
「ブハッ…まじかよウケるーッ!」
“かっこよかった”という言葉に、再び呆気に取られて頬を赤らめる。
それを目の当たりにしたマイクが噴出して爆笑し始め、ようやく我に返って彼女に言い返した。
「っていうか、ヒーローみたいってなんだ。そもそも俺だってプロヒーローなんだが。」
『あーいや、ごめんなさい、言葉がうまく見つからなくて…こういうの、何ていうんですっけ?自分だけのヒーローっていうか…女性に対してのヒーローっていうか…』
「…あ?」
「あーわかるわかる!零ちゃん、俺それわかる!」
『え、何ていうんですか?マイクさん、教えて下さい!』
「零ちゃんにとってイレイザーは、“ナイト”!騎士だな。大切な姫を守る的な…!」
「おいマイク。くだらない事をこいつに吹き込むんじゃ…」
『えー、ちょっと違いますよそれ。だって私姫って柄じゃないし…』
「「…突っ込むところはそこかよ。」」
そんな他愛ない会話のやりとりが繰り広げられる中、結局彼女の言葉が何を意味していたのか分からぬまま、三人で昼食を取り始めたのだった。