平穏な休日


ショッピングモールを訪れて一時間を回った頃、ようやく零もこの人盛りと雰囲気になれてきたのか、時折笑顔を見せるようになった。

店に並んだ服や小物を見て、目をキラキラと輝かせている様子は、私服を着ているせいからかただの普通の女の子にすら見える。
もし彼女が、ごく一般的な家庭に生まれ育ってきたら、きっとこんな感じなのだろうか。

相澤は近くで四方八方を見て感動している零を前に、そんな事を考えた。

『消太さん、見てください!このキャラクター、ちょっと梅雨ちゃんに似てませんか?』

可愛らしい蛙の人形を手にして微笑む彼女を目の当たりにしては、少し遅れながらも「あぁ。そうだな。」と返事を返す。

ーーいや、むしろ本当は感謝すべきかもしれないな。

ふと、頭の中でそんな言葉が過った。
彼女がもし、一般的な家庭に育ってごく普通の個性を持っていたとしたら、きっと俺を必要としてくれる事はなかっただろう。

彼女ときっかけを持ったのは、少なくともその身に宿した“読心”の個性があったからだ。
あの屋敷で親族に恐れられ、孤独を歩み、傷ついた彼女だからこそ、今の“抹消”を持つ俺を受け入れ、必要としてくれた。

だから今、おかげでこうしてこの笑顔を向けてくれるし、隣にもいてくれる。
零は俺が隣にいる事に、安心感を抱いてくれている。
皮肉な事に、自分の中で嫌悪している服部家の先代党首でもあり彼女の父親である奴の仕打ちのおかげで、今こうやって零の成長を見届けていられるわけだ。

ーー皮肉なもんだな。

自己中心的な自身の思考に呆れ、小さくため息を吐き出す。

考えに浸っているのを振り切り、再び目線を上げると、零が眉を下げてこちらをじっと見つめている光景を目の当たりにした。

『消太さん…退屈ですか?』

「…あ?」

『今日結構ため息多いから…。マイクさんの話だと、消太さんは元々行くのを断ってたみたいでしたし…。私が行くって言ったから仕方なくついてきてくれたんですよね?』

ーーしまった。迂闊だった。

次第に表情が曇っていく零に、彼女を余所に考え事に集中していた事を後悔する。
人一倍顔色を見ているし、誰よりも心や気配に敏感な子だ。
こうして物思いにふけって上の空でいる様子も、彼女にとっては直に伝わってしまう。

とは言っても、“実はお前のクソ親父さん達のお陰で、今俺はお前の隣にいれてるんだなって思ってました。”なんて、とてもじゃないが口が裂けても言えない。

いつもと違う環境にいろいろ想いを抱いていた自分にどうしよもなく呆れて大きく肩を落とせば、更に零の表情が悲し気になっていくのに気が付いた。

『やっぱり、疲れてるのに無理させてるんじゃ…』

「……違う。そうじゃない。」

『え?』

昔から自分を卑下し、なぜか好意を寄せている相手には酷く鈍感な彼女には、ちゃんと言葉で表現しないと伝わらない。
分かってはいるが、普段口にしない分恥ずかしくて少しだけ間を開けた。

「…普段と違うお前に、少し緊張してるだけだ。」

『え、消太さんが緊張…?私に?なんで?』

「…」

きょとんとした顔で首を傾げる零に、思わず言葉を詰まらせる。
しかし誤解を解かなければならないと、もう一度口を開いた。

「正直最初に私服のお前を見た時は驚きもしたが…こうしてみてるとごく普通の女の子と変わらない。だからどう接していいかわからなくなって、少し緊張してるんだ。」

『…やっぱり、コスチューム着てる私の方がいいですか…』

「…」

なんでそうなる。
今にも喉から飛び出しそうなその言葉をぐっと飲みこみ、もう少しかみ砕いて伝えた。

「そういう意味じゃない。その服があまりにも似合ってるから、余計女っぽく見えて俺が緊張するんだろうが。」

『…!』

ようやくこちらの心境が伝わったらしい。
零は耳まで赤く染め、気の抜けた風船のようにゆっくりと目線を下げた。

しばらくして、口を紡いでいた零がようやく顔を上げたかと思えば、小さく笑い声をあげた。

『ふふっ…なんだ。よかった。私と一緒だ。』

「…あ?」

『実は私も、少しだけ緊張してたんです。なんか、消太さんの初めての一面を見る事ばかりで…。
さっき助けてくれた時も思ったんですけど、今日の消太さん、いつもよりかっこいいから…その、何だかドキドキする事が多くて。』

「なッ…!?」

何度目の反則だ!
たまには素直に気持ちを伝えようと必死に冷静さを保って告げれば、予測できぬド直球な返事が返される。
頬を赤らめてはにかんだ笑みを浮かべている零に、必死に抑えている理性が今にも吹っ飛びそうだ。

思わず額を手で覆い、ひとまずそんな様子の彼女が視界に入らぬようにしては、自分の理性と葛藤し、何度も落ち着かせるように暗示をかける。

これが計算ではなく、天然で告げているのが彼女の恐ろしいところだ。

『消太さん?どうしたんですか?もしかして、今度は頭痛い?』

「…いや。お前のそのピュアな部分に頭抱えてんだよ、俺は。」

『え?ピュア?』

「あぁ、もういいッ!お前には敵わん。ほら、行くぞ。」

半ば投げやりになって、彼女の手を引いて再び歩き始める。
零は不思議そうな眼差しでこちらを見るも、見えないフリで突き通した。

するとその時、ポケットに入っていたスマホが再び着信を知らせたのだった。





ーーーーーーーー

『あれ、消太さん電話鳴ってますよ?多分マイクさんですよね?出ないんですか?』

「…知るか。」

『え、えぇ?!ちゃんと電話でてあげてくださいよー!迷子だったらどうするんですか!』

「安心しろ、迷子になるのはお前くらいだ。」

『…意地悪。』

「…拗ねるなよ。冗談だ。」




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