平穏な休日


プレゼントマイクの運転により数十分走り、ようやく都内の大きなショッピングモールへと到着した。

相澤消太は隣に立つ零の感動を露にした横顔を眺めつつ、顔を緩め小さく息を吐いた。

『しょ、消太さん!凄いですねここ!』

「まぁ、この辺りじゃ一番大きいショッピングモールだからな。その分人も多い、はぐれんなよ。」

『そんなに子供扱いしなくても平気です…。それより、マイクさんはどうしてここに?』

ふと彼女がマイクに疑問を抱き尋ねると、彼はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、説明を始めた。

「実は今度、ヒーロー活動の一環でライブイベントをやる事になっちまってよー。その衣装とか、パフォーマンスで使うアイテムを買いたくてな。」

『へぇ、ライブイベントやられるんですね!凄いです!』

両手を組み、感動の眼差しでマイクを見つめる零を目の当たりにし、彼もついつい調子が上がり軽快に足を動かす。
零の凄いところは、普段付き合いの長い周りの連中にはウンザリされやすいマイクの話も、一つ一つ真剣に話を聞き、ちゃんとリアクションをとっているところだ。

それは彼だけでは留まらない。
最初は不安がっていた人間関係も、今ではその山育ちで根は純粋な彼女の性格が、周りに興味を抱かせ、いつの間にか打ち解けていく傾向の方が多い気がする。

なんにせよ、零が人と触れ合い、友人や大切な人が自分にもできるんだという事を知り、自分を卑下するような考えが薄まるのなら、それが良いに越したことはない。
“呪われた子”、“自分と関わった人間は不幸になってしまう”等といったくだらない父親の言葉が、いつか彼女の頭の中から消し去ってくれたらとさえ思う。

しばらく二人が話しながら歩く背中を見つめながらそうラ考え事をしていると、ふと周りの視線がこちらに集中しているのに気がついた。

モール内の行き交う人々が、すれ違いざまや遠くからこちらを見ている。
それが、一応プロヒーローとして名を挙げているプレゼントマイクに対してなのか、その隣を歩く零の姿を捉えているのかは、嫌でも察しがつく。

化粧の仕方すら知らないでたろう零は、手を加えなくとも元々整った顔立ちと、人の目を惹き付ける何かがある。
加えて細い足を魅せ、今どきらしい服を着ている彼女はさぞかし周囲の目を引きつけることだろう。

「……だからこういう所に連れてくるのには気が引けるんだ。」

無意識にも、そんな独り言を小さく零した。
零さえその気になれば、異性だって喜んで寄ってくるだろうし、恋人だって容易く作れるだろう。

そして最も難関は、この保護者代理として何年も積み重ねてきたポジションだ。
本音を言えば、この手で幸せにしてやりたいとも思うし、今まで自分だけが知っていた彼女の素顔を、あまり他の男の前で見せたくはないという独占欲だってある。

だがそれを露骨に彼女に意思表示したところで、今の最も近い存在でいるこの立ち位置を失うのであれば、それはなんの意味もなさないのだ。

一番優先すべきなのは、“零が心から笑えて、幸せになれること”。

だからこのふつふつと膨れ上がる“欲”は、零自身に悟られてはいけない。

静かにぎゅっと拳を握りしめ、下げた目線を再びあげると、ふと二人の姿を見失ったことにようやく気づいた。

「……は?」

ものの数分目を離しただけで視界から消えてしまった現状に、思わず間抜けな声が漏れる。
気づけばいつの間にか周囲の人盛りも増しており、先程よりも更に人を避けて歩く事に苦戦する。

「……おいおい、めんどくせぇな。」

口では悪態をつくものの、身体は無意識のうちに零を探すよう動きを切り替える。

するとポケットに入れていたスマホが振動しているのに気がついた。
ディスプレイを確認すると彼女からの着信だった。

「もしもし。お前今どこに……。」

『消太さん、ごめんなさい。途中までマイクさんが手を引いててくださったんですけど…。マイクさん、突然気になるものを見つけたかなんかで、気づいたら猛スピードでかけてっちゃって……追いかけようとしたら、完全に見失いました。』

「……いや、アイツの昔からの悪い癖だ。」

いつもより少しだけ早口で話す零は、どうやら環境もあり一人になってしまったことに酷く動揺しているらしい。
マイクは昔から、興味のあるものを見つけると周りが見えなくなって動いてしまう癖がある。

はぁ、とため息を吐いて頭を抱え、一旦心を落ち着かせたあと、再びスマホを耳に当てて零に尋ねた。

「まぁアイツはここに来慣れてるし、放っといても大丈夫だろう。とりあえず、お前と俺だけでも合流するぞ。今どの辺にいるかわかるか?」

『えぇっと……フロアに噴水があるところにいるんですけど、どこかまでは…。』

「わかった、今行くから待ってろ。」

そう一言だけ告げて電話を切り、邪魔になるスマホはポケットに戻して全速力でその場へと向かったのだった。



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