平穏な休日
相澤消太は、早くも自分のとった行動に後悔しつつあった。
プレゼントマイクに上手いこと乗せられて、結局奴の買い物に付き合わされる羽目になるとは…。
ひとまず彼が言うには、零もさっき起きたばかりで準備に時間がかかるとのことだった。
仕方がなく時間を潰しがてら、久しぶりに外出の身支度を整え始めた。
髭を剃り、髪をひとつに束ね、今日はコスチュームではなく茶色のニットセーターに腕を通す。
下はいつものようにブラックデニムを履き、最後に部屋の鏡で全身を確認すると、ふとあることに気がついた。
「……そういや、アイツと私服で出かけたことなかったな…。」
過去の記憶を遡っても、零の屋敷へ訪れる時は常にコスチュームを着用していた。
泊まる日もしばしばあったが、寝間着は当然服部家にあった浴衣を拝借していたし、一緒に過ごすと言っても屋敷の中だけで、私服を着る機会がなかった。
きっかけは最悪だし、ましてや二人ではなくあくまでもプレゼントマイクの買い物の付き添いにはなってしまったが、初めて零と私服で出かける事に関しては、いい大人とは分かっていても密かに胸を高鳴らせた。
時計を確認すると、そろそろ約束の時間になりそうだったので、ひとまず部屋を出て職員寮の出入口へと向かう。
すると先に来ていたプレゼントマイクが、前方を見て大きく口を開けて硬直していた。
「……ん?どうしたマイク。何にそんな驚いて……って、なっ、おまっ……!」
彼の目線の先に顔を向けると、そこには既にいつもと違う私服姿の零が恥ずかしそうに俯いて立っていた。
白の髪を際立たせる膝上までのグレーのニットワンピースに、秋をひきたてる茶色のニーハイブーツを着こなしている彼女は、普段のコスチューム姿とはまたもや別人のようだ。
隣にいるマイクと同様、初めて見る彼女の私服姿に思わず目を奪われて硬直していると、零の背後からある人物がひょっこり顔を現した。
「どうよどうよ、朧ちゃんの私服姿。可愛いでしょ?」
「「み、ミッドナイト?!」」
得意げな笑みを浮かべてその場に現れたミッドナイトの発言に、零は身を縮こませながら事の経緯を説明し始めた。
『実は、偶然さっきミッドナイトさんにお会いして…。いや、本当はお二人が私服で来られるなら、いざ敵が現れた時に誰も戦えないと困るかなって思ってコスチュームで行くつもりだったんですけど…。その、マイクさんは買い物に集中して欲しいし、消太さんには休日なんで休んでて欲しいし…でも、ミッドナイトさんがそれじゃダメだって……。』
「「クソ真面目かよ……」」
珍しくもマイクと発言が被る。それを聞いたミッドナイトが苦笑いを浮かべたあと、続けて説明を始めた。
「せっかく休日に出かけるんだから、どうせならと思って可愛くコーディネートしてあげたのよ。だいたい、万が一敵が現れてもこういう時はこの二人に任せればいいの。朧ちゃんは少し、自分が楽しもうとしなさいよ。」
『でも……や、やっぱり恥ずかしいし、変ですよ!』
「いやいや、めちゃくちゃcuteだぜ?!マジで!な?イレイザー。」
「……俺に振るな。」
彼の同意を求める言葉に、咄嗟に素っ気ない言葉を返す。
本音を言うならば、その格好はあまりにも反則だとさえ思うほど、可愛らしい。
だかなんとしても今の気持ちを彼女に悟られたくないので、平常心を保つのに必死な故、精一杯の返しだった。
しかしそんな自分を見てミッドナイトは何かを察したのか、至近距離まで歩み寄って耳元で小さく囁いた。
「感謝しなさいよ、イレイザー。たまにはあんたも男らしく、朧ちゃんが楽しむようにしっかりエスコートしなさい。」
「……」
彼女に返す言葉も見つからず、怪訝そうな顔を浮かべてはミッドナイトが寮に戻っていく姿を見送る。
零に視線を戻すと、未だ俯いた様子のままで、マイクが必死に“似合ってる”と声をかけていた。
ーー仕方ない。腹を括るしかない。
一度大きく肩で息を吐き、気持ちを切り替えては零の手を取り、こう言った。
「ミッドナイトさんの言う通りだ。今日一日、お前は闘うことなんて忘れてとにかく楽しめ。むしろ格好もそのままの方がいい。」
『消太さん…』
「ほら、行くぞ。どうせ履きなれない靴で歩きづらいんだろ。手ぇ引いてやるから、転ぶなよ。」
『……ッ、はいッ!』
俯いていた彼女の顔が、ぱっと晴れて頬を染める。
差し出した手に、零の小さな手が重なるのを感じて、無意識にも離さないようにきゅっと強く握りしめた。
隣を歩く彼女の歩幅に出来るだけ合わせながら、先を歩くプレゼントマイクの背中を追うべく、二人並んで歩き始めたのだった。