あなたの視点


個性事故を終え、とうとう二十四時間が経過したーー

「『もっ…戻った!!!』」

相澤と零は、各々の身体が自由に動かせるのを確認した後、同時にそう叫んだ。

『いやー…やっぱり自分の体が一番ですね。』

「そりゃそうだ。そもそも性別が違う時点で、いろいろと慣れないことが多かったからな…。」

『そうですね。…もう二度は御免ですけど、でも楽しかった。』

零のそんな一言に、相澤は少し驚きつつも小さく笑った。

「俺も…全部が災難だったとは思ってない。お前の普段知らない部分をたくさん知れたいい機会だったよ。」

『知らない部分?』

小さな顔が可愛らしく斜めに傾く。
今こうして目の前にいる零が、何年もの間過ごしてきたというのに、どこか初々しいような感覚がして、思わず顔が綻んだ。

「…お前が普段どれだけ俺の事を見てるのか。今日一日の演技見てれば十分だったよ。仕草とか、口調とか…生徒への対応の仕方とか。本当に俺自身を見ているようだった。」

そう静かに零すと、彼女は「あぁ…」と呟いた後、ふっと息を吐くように笑った。

『そりゃそうですよ。何年もこうして、近くであなたを見てきたんですから…。と言っても、内心はバレないかヒヤヒヤ出したけどね。』

零は楽しそうに笑った。
実際、不謹慎ではあるが本当に貴重な体験をさせてもらったと思う。
今までは自分のために学んできたヒーロー基礎学や勉強も、こうして初めて誰かに教えることを体験した。
普段とは違う“教師”という立場で生徒たちを見た時、ヒーローを目指すために必死でかけ上がろうとしている姿は、また一段と輝いて見えた気がした。
更には相澤が普段彼らを見ている目線を知ったことで、少しでも“教育”の面でも皆の力になりたいとさえ思った。
今日だけで、自分自身が学んだことは多いと思う。
そして何よりも、今まで以上に相澤を尊敬する想いが強まった。

『消太さん…私、今日あなたの日頃の大変さを少し理解出来たような気がします…。だから、もしこれから先私の手が借りたいと思った時は、いつでも言ってください。力になります。』

「……あぁ。」

相澤は彼女の言葉に心強さを感じつつ、同時に嬉しさを噛みしめた。
自分の方こそ、今日零の目線から見て分かったことがいろいろある。
生徒たちの各々の不安や零との関係性。授業風景。
そして誰よりも、彼女が自分のことを一番理解してくれているということを、実感させられた一日だった。
そして何よりも気になるのはーー

「……それよりお前、普段あんなに轟や爆豪にかまわれてるのか?」

『……ん?』

「今日一日だけで、あの二人凄かったぞ。なんかいつもと違うとか、様子がおかしいとか詰められてばかりいてな…。いつバレるかって、俺の方がヒヤヒヤさせられたよ。」

『……あー。彼らは少し、特殊ですからね。ほんと、観察力が鋭いんですよ。』

「……」

呑気にそう答える零に、相澤は不安が募った。
もしかしたらこの無防備で、密かに自分の中で天然魔性の女と認定している零は、彼らのあからさまな好意に気づいていないのだろうか。
自分が請け負う生徒として見るならば、正直浮ついている暇があるのならヒーローを目指す特訓に励めとでも言ってやりたい。
だが、零の存在を前にしてああなってしまうのは、不甲斐ないが共感してしまう部分が強かった。

もし彼女が高校時代に同じ教室にいたら、俺は多分零を好きになる。

彼女の強くて勇ましい姿を見て…またその反面、脆くて壊れそうな心を持ち合わせている零を、放っておくことは出来ないだろう。

「……気をつけろよ、お前。」

『え、何をですか?』

「……年頃の男子高生を無意識に弄ぶなって話だ。」

『もっ、弄ぶ?!そんなことしてませんよ!』

かぁっとムキになって否定する零を見て、いつもの零だと安堵する。
もちろん、彼女が異性を弄ぶような器用な真似が出来ないと分かってはいるが、あからさまな嫉妬を公にするよりかは茶化した方が無難だと思ったからだ。
むしろ弄ばれているとしたら、真っ先に自分が被害者だと胸を張って言ってやりたいくらいだ。

相澤はそんな事を頭の中では考えて、ククッと声を押し殺して笑った。
零はなぜか楽しそうにしている相澤に、ムッと下唇を尖らせては、大きく肩で息を吐いた。
たった一日入れ替わっただけだが、こうして本物の零を見ると、なんだか新鮮な気持ちになりつつ、心が安いだ。

この先何年零を見てきても、見飽きるなんて事は無いだろう。


「…んじゃ、後は養護施設の取替に個性の詳細を確認して、報告も兼ねて今後の向き合い方について教えてやれれば、全部解決だな。」

『そうでした。私、施設長に連絡入れときますね!戻ったって!』

「あぁ、頼む。今週末にでも一度また、俺たちで顔を出してやろう。取替も施設長も心配してるだろうからな。」

『わかりました。』

零はそう言って、寮に戻ると言って背中を見せて去っていった。

長いようでようで短かった一日。
また、普段とは違う目線で見られた日常。

互いの目線で見た、互いの存在とその姿。

今日起きた出来事は、決して忘れることは無いだろう。

相澤は去っていった彼女の背中の面影を見つめながら、そんな事を思っては、静かに口元を緩めたのだった。

ーーー
おまけ↓↓↓

翌日。

相澤:「そういやお前、あれから爆豪に何か言われなかったか?随分言い詰められてたが…」

零:「あー、言われましたよ。でも大丈夫、納得させましたから!」

相澤:「ほぉ…なんて?」

零:「生理痛が酷くて個性がコントロール不自由だから、見てもらってたって!そしたら何も言わなくなりましたよ。」

相澤:「生理痛って…お前な、もう少し選べよ。」

零:「え、なんで?男の人に一番突っ込まれない理想的な口実ですよ。」

相澤:「ま、それもそうか……。(爆豪の固まった様子が目に浮かぶな…)」


END


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