あなたの視点
午後の部。
ヒーロー基礎学が行われる中、零は午前中と同様に“相澤先生”に成り済ましていた。
当然生徒から疑われる余地もなく、完璧な彼女の演技にはさすがのオールマイトも開いた口が塞がらない様子だった。
何ら問題なく時間は経過し、とうとうHRまでもをやってのけた零は、最終のチャイムがなると共に教室を去っていった。
本来ならば、この時間から零は生徒たちと一緒に寮へと戻る。
しかし今日だけはそうも行かず、教室を先に出ていった零を追いかけるように腰をあげると、またもやその行動に違和感を抱いた様子の爆豪と目が合った。
「……戻んねぇのかよ、寮。」
「え、いや、お…私、これから消太さんにちょっと用があるから。先戻ってて。」
最大限本人の真似をして彼にそう言うと、爆豪は更に怪訝そうな顔で近づき、下唇をとがらせた。
「そういや昨日も朝から出かけて帰ってなかったな…今日も様子が変だったし、やっぱなんか隠してやがんな?!」
「か、隠してないよ!ホントに!何も!」
慌てて手のひらを左右に振り、必死に誤魔化す。
ーーていうか、何で零が昨日の夜部屋に戻ってない事も知ってんだ、コイツは。
爆豪のさり気ない爆弾発言と零への執着心に思わず心の中で突っ込んでは、彼の目から逃げるように後退しながら扉へと向かう。
しかし彼の疑いは無くなるどころか更に増していく一方で、ピタリと扉に張り付いた逃げ場のない背中に焦りを覚えた。
「ゼッテェ何か隠してるだろ、零。他の奴らの目が誤魔化せても、俺は誤魔化せねぇぞ。」
「……っ、」
何を根拠に、と喉から言葉が出そうになる。
しかし初めて女として詰め寄られるこの慣れない現状に、どう言葉を返したら彼の鋭い目から逃れられるのか、冷静に考えることは出来ない。
他の生徒たちは既に寮に戻るために足早に教室を出ていき、相澤と爆豪が二人、沈黙を走らせた。
「零、テメェもしかして…」
彼が何か言いかけた矢先、後方にあるはずの扉が勢いよく開いた。
『……おい、零。いつまで俺を待たせる気…、爆豪?』
「……っ、」
「チッ、」
絶妙なタイミングで現れたのは、他でもなく零本人だった。
爆豪は邪魔が入ったことに大きく舌打ちを履いては、去り際に“先戻ってんぞ”と耳元で囁いて去っていった。
相澤はやっと彼から開放されたことにほっと安堵の息を零し、後方にいる零を見上げた。
「……助かったよ、“消太さん”。」
『……みたいだな。』
まるで本当の自分のように得意げに笑ってそう返す零を見ては、ククッと小さく笑ったのだった。