朧月


緑谷出久は一般授業を受けながら、朝のHRで彼女が言った一言を思い出していた。

《私はヒーローとしてではなく、一個人として、君たちを護るつもりでいます。》

その言葉にどれほど重みがあるのかを知っていた。

彼女のヒーローとしての仕事は、本来雄英高校の護衛任務という公の場所で行われるようなものでは無い。

警察と協力体制にあり、隠密活動、諜報活動を中心に敵の情報を集める仕事が多い。
そのためあまり公に存在を知られてしまうと活動に支障が出る恐れがあり、今注目されているユーモアあるヒーローや、地名物高い人気ヒーロー達のように目立つことを許されないからだ。

そして彼女の立ち位置で最も一般的なヒーローとして違うのは、例え任務中にもし誰かが危険な状況の場を見かけたとしても、人命救助ではなく任務遂行を優先しなければいけない。

それが、彼女の選んだヒーローの道の在り方だ。

それ故に、一見無表情で感情を表に出さないその姿を見て、冷酷な印象を抱いた生徒も少なくはないだろう。

しかし、自分が知る彼女は違う。

任務中に敵に襲われかけている自分をたまたま見かけて、真っ先に助けてくれた事がある。
お礼を言わせてもらう暇もなく、彼女は事情を簡潔に説明し、自分が助けたことを黙っていてくれと頼んできた。正直他のヒーローとは違う方針に驚いたが、その真剣な眼差しを見て、その時彼女と口外しないと約束した。

素早く敵を倒し、人をも助け、任務を成功させるほどの実力者。

なぜ彼女のような存在がわざわざ雄英高校の護衛任務につくようになったかの経緯は皆目検討もつかないが、相澤先生の言ったように彼女から学ぶ事は多いことは間違いないだろう。
クラスメイトの中で唯一彼女の正体を知っている緑谷は、一人密かに心を躍らせるのであった。

ーーー昼食。

飯田、轟、尾白、麗日、蛙吹と共に食堂へとやってきた。
賑わっている中で空いている席を探すと、一人で六人掛けの席に座り昼食をとっている一人の女子生徒がいるのを見つけ、仕方なく相席をお願いしようと近づいた。

「あの、すいません。席空いてなくて…相席させて頂けませんか?」

そう声をかけると、先方が箸を止めて顔を上げる。
その顔を見て誰もが驚き、あっと声を上げた。

「なっ…零さん?!」

『あ…』

そこには今朝会った零の姿があり、どういうわけかコスチュームではなく雄英高校の制服を着ていた。

「なんで制服着てるんだ」

『えっとこれは…一度ランチラッシュのご飯を食べてみたくて…校長に食堂使ってもいいかって聞いたら、じゃあ目立たないように制服を支給してくれて。』

容赦のない轟の突っ込みに少し気まずそうな雰囲気でそう説明するも、「とりあえず目立つから座って。」と小声で言った。

最初見たときは随分大人びた人だとは思っていたが、こうして制服を着ているとなると、相澤先生の言っていた“大して歳が変わらない”と言っていた事はどうやら本当のようだ。

彼女の姿に動揺しつつも席を譲ってもらい、ひとまず昼食を取り始めた。

「なんか零さん…こうして一緒にご飯とってると生徒の中にいても違和感ないですね。」

『そう、かな……。私、学校がどういうところなのか知らなくて、こういうの少し夢だったから…』

そう静かに零した彼女の言葉に、全員が目を見開く。
彼女の歳が実際いくつかはわからないが、少なくとも成人するまでに小・中学校は通うはずだ。
その疑問を最初に口に出したのは、他でもない轟だった。

「あんた、学校…通ったことないのか。」

「と、轟くん!いくらなんでもあんた′トばわりは失礼だろう!」

轟の発言に思わず飯田が突っ込むが、彼女は気にしなくていいから、と返した。

「……なら、一つ夢が叶いましたね!」

麗日が力強くそう言うと、零は少し頬を赤らめて小さく頷く。

緑谷は心を痛めた。自分たちにとって通うのが当たり前の学校を新鮮に思う彼女が、今までどんな人生を歩んできたかなど、想像もつかない。
彼女にしてやれることはないか。と思う反面、どう接すればいいのかも分からない。

しかし、そんな言葉を詰まらせている矢先。
ふと視界にひょっこりオールマイトの姿が入り込む。
数秒たってからようやく大いに飛び跳ねたリアクションを取った。

「「「おっ、オールマイト!!!」」」

「やぁ、驚いたな。君がまさかみんなと昼食をとっているなんて。」

『…いえ、たまたま他の席が空いてなかったので彼らが私の席に座ってくれただけですよ。』

「またそんな言い方をして…君は相変わらず自分を卑下しすぎだよ。」

零を見つめ、口を尖らせて腰に手を当てるオールマイトは、生徒たちにとって新鮮だった。
彼女は眉を下げて、苦笑いをうかべる。
二人のやり取りを見るに、どうやら顔見知りらしい。
オールマイトは小さくため息を零し、ポケットに手を突っ込んであるものを彼女に差し出した。

『これ……』

「校長先生が渡し忘れた、と探していたよ。君も今後持っていた方がいいと思って支給してくれたそうだ。使うといい。」

オールマイトが彼女に渡したものは真新しいスマホだった。
零は目の前にあるそれを受け取り、ぽかんと口を開けたまま固まる。

「じゃ、私の用事はそれだけだから。」

『あ、あの、オールマイト…ありがとうございます。』

その言葉に満足したのか、オールマイトはニカッと笑って素早く食堂から去っていった。
零は未だに手元にあるスマホをじっと見つめ、操作すらしようとしない。

しばらくそれを見つめていた轟が、ハッとして彼女に再び尋ねた。

「もしかして…スマホも初めてか?」

『う、うん……使ったことなくて。』

「「「ええっ?!」」」

素直に答える零に、あっと驚きの声を上げる。

尾白はそんな彼女に恐る恐る尋ねた。

「じゃ、じゃあ今まではどうやってヒーロー活動を?」

『用があれば、伝書鳩を飛ばしてもらってたの。』

「「「「で、伝書鳩……」」」」

いつの時代だよ、と突っ込みたくなりつつもその言葉を慌てて飲み込む。
それを聞いていた轟は、「ん。」とその手を差し出していて、わけも分からぬまま、彼女はスマホを渡した。

「使い方、教えてやる。あと、俺も零の連絡先登録させてもらってもいいか?」

『え、あ、う、うん。……ありがとう、轟くん。』

「気にすんな。何かあったら連絡が取れるようにしといた方がいいだろ。お互い。」

『そう…だね。』

「あ、あの……ぼ、ぼくも…」
「私も……」

「「「「登録させてもらってもいいですか!!!」」」」

轟に続き、結局は全員が身を乗り出して彼女に尋ねる。
その勢いに驚いたのか、彼女は体を反らしつつも何度も小さく頷いた。

学校も知らない。スマホも知らない。他愛ないことで話をする友達や仲間のような存在も、きっと彼女にはいないのかもしれない。

そういう考えがこの場にいる全員に共通したのか、少しでも零に寄り添おうと、皆がみんな必死だった。



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