あなたの視点
ーー午後の部。
午前中の自由な交流がよほど子供たちの警戒心を解いたのか、待機している三人の元へ、何人かが個性の相談に来ていた。
「あの、俺の個性…“髪”なんですけど…」
まだ十歳でも満たないであろうとある小さな少年は、服の裾をひっぱりながら、恥ずかしそうに打ち明けた。
「へぇ、髪か。どう操れるんだ?見せてくれ。」
午前の大人気ない言動はなくなり、相澤も優しい声でそう尋ねる。
少年はパッと顔を上げ、嬉しそう自分の髪に触れた。
すると少年の短い髪が、瞬く間に長髪へと変わる。
長髪になったかと思えば、今度は内巻きのカールを作った。
『わぁ、凄い!ご自分の髪をもうそこまで操れるんですね。素敵な個性。』
「…っ、ほんと?!零先生!」
「コイツは嘘はつかない。素直に受け取れ。」
零の発言に相澤が付け足すと、彼は満面の笑みを浮かべた。
「それでぇ?お前はその個性について、何か悩みでもあンのか?」
ニタリ、と笑ったマイクが彼に問うと、再び恥ずかしそうに下を見る。
もじもじと手の指を絡めてこちらの様子を見ながら、ゆっくりと説明を始めた。
「あの、俺実はヒーローになりたくて…でも、髪をただ操れるだけじゃ強そうじゃないし、みんなからも無理だって言われてて…やっぱり俺の個性じゃ、ヒーローにはなれないのかなぁ。」
徐々に自信を無くしていく少年に、三人は目を見合わせた。
そして最初に彼に助言を与えたのは、マイクだった。
「なんだァ、今から自信喪失かァ?!まだ何にも始まってねぇのに、ハナから諦める奴はヒーローにはなれないぜ?!」
「そうだな…まずは自分の個性で何ができるか。どんな使い方をしたら人を助けられる可能性があるのか。考えてみたらどうだ?」
相澤がそう付け足すと、少年はますます活気に満ちた眼差しを向けた。
そして彼の背中を強く押すように、零が穏やかな口調で話し始めた。
『君は“俺の個性じゃヒーローになれないのか?”って聞いたけれど、ヒーローになれるかどうかは“個性の強さ”じゃなくて、ヒーローになりたいと思う“君の志の強さ”が大事だと、私は思います。
それに…優れた個性を持つからヒーローになる、という考えよりもヒーローになりたくて個性を磨いて強くなる。という考えの方が、素敵じゃないですか?』
「……っ、」
彼女のその言葉は、そこに居る誰もが心をうたれた。
相澤は零の過去や想いを知っているからこそ、その言葉に重みを感じた。
ーー“私は、父が人を不幸にすると言ったこの個性で…人を救えるという事を証明したいんです!!”
何時ぞやかそう必死に嘆くように零した彼女の声が、未だに鮮明に耳に残っている。
零の個性は特別にヒーローに向いていると言える個性でもない。
戦いにおいては己の身体能力を磨く以外、彼女が強くなる道はなかった。
だから零は、ヒーローになりたくて強くなるために努力し続けた。
元々戦闘に有利な個性を持っている者から口されるよりも、何倍も重く、何十倍も心に響くものだ。
そして言葉にのせた零の意思も、少年はしっかりと受け止めていた。
「……っ、先生たちの言う通りだ!俺がなるって意思が一番大事だよね!俺頑張るよ!」
少年は輝かしい目でそう言って、深く頭を下げてその場を去っていった。
その背中は、零にとって1-Aの生徒たちの姿を思い出させ、自然と頬が緩んだ。
マイクは優しい眼差しで少年の背中を見つめる零を一目見て、思ったことを声に出した。
「…なんかよォ…、零チャンってもしかして、教師とかに向いてんじゃねぇの?」
「……珍しいな。俺も今同じことを思ったよ。」
そんな言葉に、当の本人はあんぐりと口を開けて硬直する。
時間をかけて、二人が零した言葉の意味をようやく十二分に理解すると、なんだか恥ずかしくなって思わず顔を背いた。
『や、やめて下さいよ二人して…煽てても何も出ませんからね。』
照れ隠しでそんな可愛げのない返しをしても、二人はニタリと笑って見つめるのだった。