あなたの視点


依頼があった児童養護施設に到着し、零、相澤、マイクは早速子供たちの所へ案内された。

「今日はお忙しい中、特別に雄英高校の先生方にいらしてもらいました。皆さん、せっかくのまたとない機会ですので個性の相談や聞きたいことがあったら、ぜひ先生方に聞いて貰ってください。」

施設長の挨拶とともに、三人の簡単な紹介が行われた。
零は“先生”扱いをされる事に擽ったさを感じつつも、ひとまず目の前にいる子供たちを観察した。

突然目の前にやってきた実績のあるヒーローに、眩しい視線を送るその瞳の奥は、不安、悲しみ、憎しみ、恐怖…いろいろな感情が入り混じっているのが容易に読み取れた。
自分は親に捨てられた。生みの親の顔も知らない。
親を知らないからどんな個性が自分の身に宿しているかすら分からない子供たちにとって、急に個性と向き合えというのは正直難しい話だ。

零のそんな悲しげな横顔に気づいた相澤もまた、何年にも渡り彼女が語ってくれた幼少期の頃の話を思い出しては胸を痛めた。

彼女はここにいる子供達とは違い、親の顔までは知っている。
けれどもその親に受け入れられず、ましてや自分の身に宿した個性が原因で残酷な扱いをされてきたからこそ、零自身が自分の個性を認めるのに、随分時間がかかったはずだ。

実際今目の前にいる子供たちに一番近い存在は、彼女だと思う。

そしてどこか、零がそんな子供たちを目の当たりにして昔を思い出し、心を痛めているのではないかと不安を抱いていた。

施設長の挨拶も終わり、各々自由行動の許可が降りる。
すると子供たちは一斉に動きだし、三人の元へ駆け寄った。

「ねぇねぇ、零先生!先生の個性はなんですか?女の人でそんなに細いのに、ほんとに強いの?」

『え?そうですねぇ…。私の個性は“最強の盾”。ヴィランに攻撃されても絶対に壊れない壁を作ることが出来る個性ですよ。』

そう答えた零の声を耳にし、よく咄嗟にそんな上手い言い回しが思いつくものだ、と感心した。
子供たちはそんな零にぱっと表情を明るみにして、感動の声をあげた。

「「へぇーっ!すごい!」」

「零先生、女の人なのにすごい!」

「じゃあ、こっちの金髪の変な先生は?」

「へ、変って俺の事かァ?!」

指さして無邪気に尋ねる少年に、マイクはショックを受けると同時に眉を顰めた。

「だってチョロヒゲとかグラサンとか、零先生に比べて全然ヒーローっぽくないよ?」

「おいコラちょっと待てボウズ!それを言うならこいつの方がヒーローっぽくねぇだろッ!」

「おい、そこでオレに振るな。第一今日はちゃんと整えてる。今の俺に髭はない。」

マイクがムキになって相澤を指さすも、彼はこういう校外に出る時は一通り身なりを整えるようにはしている。
故、マイクよりはマシかもしれない。と零は密かに心の中で呟いた。

「黒い先生は、なんだかクマ酷いし病弱そう!なんかヒョロくてすぐ骨折れちゃいそう!」

「…あ?」

「ブハッ!ガキの割に良いとこに目ぇ付けるじゃねぇか!気に入ったぜ!」

「おいちょっと待ってくれ。クマはともかく俺は病弱でもないし、骨折するほどか弱くない。ちゃんとヒーローだ。」

マイクにバカにされたことに腹を立てたのか、相澤もどこかムキになった物言いで子供たちにそう返す。
零は子供たちの口にする相澤のイメージに、笑いをこらえるのに必死だった。

「えーっ!じゃあ見せてよ!2人が強いってところ!」

「零先生がコスチューム的に1番強く見えるね!」

『そ、そうかな…ありがとうございます。』

「…おい、なんで零だけ接し方が異様に違うんだ。名前も覚えてるし…」

「そりゃアレだ。零チャンが美人女ヒーローだからだろ。ガキは単純で分かりやすいねぇ、オイ!」

「全く…最近の子供の考えにはついていけんな。」

「零先生を見て、隠れて鼻の下伸ばしてるような先生たちに言われたくないよーだ。」

「「なっ、伸ばしてねぇよッ!!」」

『ははっ、これじゃどっちが子供か分かりませんね。』

そんな大人気ない二人を見て、零はクスクスと声に出して笑い、その隣にいた施設の職員たちが青ざめた顔をして零した声を耳にした。

「せっ、先生方になんて失礼なことを…!」

「す、すみません!普段はこんなに酷い事を言うような子達じゃ…!」

『あぁ、いいんですよ。気にしないでください。あの二人はああ見えて面倒見がいい先生ですし、寛大な心を持つお2人なので。ちゃんと子供の言うことだって理解して接してるでしょうし、子供たちもきっとあの2人が凄いヒーローだってことは、すぐわかると思います。』

「そ、そうでしょうか…」

施設長は、そう不安げに零して彼らを見つめた。
零も子供たちとじゃれ合う二人に視線を向けては、自然と笑みを浮かべた。

そう、私は知っている。
彼らがどれだけ面倒みが良くて、優しい人たちか。
その身をもって十分に理解している。

『…そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ。何せ、1人の拗れてしまった小さな女の子を救い、もう一方では笑うのが苦手なその女の子を、いつも必死で笑わせようとしてくれる優しくて面倒見がいい人ですから。』

二人の優しさは、特に相澤の優しさは誰よりも知っている。

「それって…」

察しがいいのか、一人の職員が小さくそう呟いたのを耳にした。
だから零は立てた人差し指を口元に当て、こう返した。

『えぇ。なので私のお墨付きのお2人です。どうか安心してください。』

彼女たちはその言葉に、ほっと胸をなでおろした。
そんな光景に“良かった”と頬を緩める。

すると突然、お尻に何かがピタリと触れる感触が走った。
“ひゃっ!”と体を反らして情けない声を上げると、相澤とマイクが慌ててこっちに視線を向けた。

「どうした、零ッ!」

「零チャン、大丈夫か?!」

『や、えっと、その…』

顔を後ろへと振り向かせると、悪戯に笑う幼い少年達が自分の体を手のひらで撫で回す様子を目の当たりにした。

「すげぇ、零先生スタイルいいね!」

「肌柔けー!色白だし、なんかエロいよね。」

『ちょっ、どこ触ってるんですか!擽ったいです…!』

「コラ、ガキ共ッ!そりゃセクハラだぞ、セクハラ!!」

「零もむやみに触らせるなよ。子供とはいえ相手は男だぞ。お前はいつも無防備で隙がありすぎなんだ。」

それをポカンと見ていたマイクは怒鳴り声をあげ、相澤はなぜか鋭い目つきで睨んできた。

『や、でも相手はまだ子供で…』

「ももももも、申し訳ありません!こら、あなた達零先生になんて事するのッ!」

児童施設の職員が怒涛の声を上げると、子供たちはワーッと心にもない悲鳴をあげながら、室内を走り回った。

『あぁ、いえ!そんな私のために怒らないであげてください!ほんとに、ビックリしただけなので…気にすることの程では、』

「いや気にしろよ。尻触られたんだろ。むしろ背筋とか、腕とか。」

じろっと睨む相澤があまりにも怪訝な様子を見せるあまり、思わず“うっ…”と後ずさる。
するとそれを聞いていたマイクが、腹を抱えて彼に言った。

「ギャハハッ!ガキに嫉妬って…どんだけ余裕ねぇんだよ、イレイザー!」

「うるさい。お前それ以上喋るとその口拘束するぞ。」

「ムキになる当たりが益々ウケるゼーッ!イレイザー、お前ほんと零チャンの事となるとガキだな!そんなんだから零ちゃんへの溺あ…んぐっ!」

『できあ…?なに?』

「いい。お前は何も聞くな。」

止まらないマイクの口を、一瞬の間に相澤が首元にある捕縛武器で塞いだ。
ギリリと強く締め付ける相澤は、眉を顰めて地を這うような低い声で彼に囁いた。

「おいマイク。お前、ほんとに窒息死させられたいのか。」

「んんぅー!んんーッ!!」

口を塞がれたマイクが何を言っているのか、最早誰も聞き取れない。
しばらくその光景にポカンと口を空けていた零は、その背後で騒然としていた職員たちの様子を察し、はっと我に返った。

『ちょっ…、いい加減恥ずかしいからやめなさいッ!!』

「……すまん。」「……ふふぃひゃへん。」

零のそんな怒声は、今までの何よりも室内全ての空気を騒然とさせたのであった。


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