あなたの視点
とある金曜日の夕方。
全ての授業を終えた後、数人の教員たちが校長室へと呼び出された。
「あのー、これは一体なんのお話が?」
「なんだよこのメンツ!珍しいな、なんか。」
「根津校長の姿が見当たらないな…。」
「……」
ミッドナイト、プレゼントマイク、オールマイトの順に疑問の声を漏らす声を聞き、相澤は気づかれぬよう大きく息を吐き出した。
今日は定時に上がり、零と久しぶりに手合せでも頼もうと思っていたのに、早くも時刻は残業時間突入へのカウントダウンが始まっていた。
加えてこの騒がしいメンバー。
やっと授業が終わって騒がしい生徒たちから解放されたというのに、3人だけで1クラス分の騒がしさがある。
しかし、この4人が校長直々に話があると呼び出されるのは随分と珍しい事だった。
また1年で何かトラブルが…?と予想を立てていると、ようやく校長室の扉が開いた。
「ごめんごめん、遅くなって!探すのに手間取ってしまったよ!」
『ちょっ、根津さん待ってください!そんなに引っ張らなくても逃げませんって!』
「零っ、!?」
「「零ちゃん?!」」
「零くん!?」
やっと現れた根津に腕を掴まれながらその場に現したのは、今しがた頭の中で浮かべていた零本人だ。
彼女は困った表情で根津の後に続きながら、前方に立つ顔ぶれを見て、更に大きく首を傾げた。
『消太さんに、ミッドナイトさん、マイクさん、オールマイトまで…なんでこんな所に?』
「それはこっちが聞きたいよ…」
「彼らは私が呼んだのさ!で、君は相変わらず携帯に電話を掛けてもなかなか気づかなかったから、直々に探して連れてきたんだ。」
『えっ?!やだ、ごめんなさい!』
零は直ぐに根津に深々と頭を下げる。
しかし根津はそんな彼女の頭をポン、ポンと優しく叩きながら、「君らしいじゃないか、気にしなくていいよ。」と優しくあやした。
「さ、メンツも揃ったことだし、ここに君たちを呼んだ本題に入ろうか。」
ようやく零の腕を解放した根津は、校長椅子に腰を下ろして愛らしい肉球を見せつつ、本題に入った。
「実は先日、都内の児童養護施設からある依頼があったんだけどね。」
彼の話は要約するとこうだった。
児童養護施設で生活をしている子供たちの中で、なんの個性を持ち、どう扱えばいいのか分からない者が数名いるらしい。
何度かカウンセラーを行っているものの、現状改善される見込みがなく、八方塞がりの状態だという。
そこでヒーローを目指す生徒たちに各々の個性の使い方や、コントロールの仕方を常々指導している雄英高校の教員の力を見込み、手を貸してほしいという依頼だ。
「まぁそういうわけで、ウチとしてもぜひ協力してあげたいと思うんだけど、どうかな?」
「それは構いませんけど…」
「まさか、このメンバー全員で行くんですか?」
「いやいや、私としてはここの中から3名お願いするつもりさ。ただ、誰に行ってもらうかは、正直私だけでは判断し兼ねる。君たちで決めて貰えないだろうか?」
「はぁ……」
回りくどいことをする。
校長が直に指示をしてくれれば、さすがにこのメンバーでも首を横に振る奴はいないだろう。
何より今の話の内容からして、零がこの場に呼ばれるのは少々気がかりだった。
どうやら本人も同じように違和感を抱いているようで、目が合っては困った様子を浮かべた。
「ちなみに私の理想のメンバーは、零くんと相澤くんを含めた3人が望ましいと思ってるのさ。」
『わ、私ですか?!』
「俺、ですか…」
驚きの声を上げる一方、あからさまに嫌そうな声を漏らす。
根津はこちらのリアクションを見ては、うんうん、と大きく頷いた。
そして彼女は目線を下げてぎゅっと拳を握り、そう思う理由を尋ねた。
『もちろん根津さんのお願いとあらばお受け致しますが…でも、私は指導者としての経験もありませんし、第一私自身が自分の個性を上手くコントロールできてません…。そんな私をなぜ、貴方の理想の人材の1人としてお声をかけて頂いたのか、教えて頂けませんか?』
根津は彼女の問いに、「いい質問だね。」と零しながらもそれに応えた。
「正直、今君が言った通りさ。君は幼い頃から自分の個性を理解していたが、現状それをまだうまくコントロール出来ていない。でも、それなりに普通の生活ができるのは、君がその個性と上手く向き合うために別の方法を考えたからだろう?感情を表に出さない。他人に心が読まれた事を悟らせないようにする工夫。そういう手段を取るのも、“個性と向き合う”成功法には変わりないのさ。」
「な、なるほど…確かにそうですね。」
オールマイトは彼の言葉に手を打ってそう呟いた。
「ちなみにもう1人相澤くんを指名したい理由としてはもちろん、君の個性の性質さ。先日のインターン中に起きた事件の壊理という少女を見事収めたのは、間違いなく君の個性とその判断力さ。」
「確かに壊理ちゃんのような強い個性を持っている子が居るとしたら、零ちゃんの個性も使えるとは思うけど…イレイザーヘッドの方が経験もあるし適任ね。」
今度はミッドナイトが納得の声をあげた。
「ってことは、そうなるとあと俺らのうち誰が行くかを決めればいいって事かァ?!」
「いや、あくまで2人を推薦しているのは、私個人の意見さ。今回ばかりは“お願い事”だからね。もちろん強制もしないし、無理強いもしない。」
根津の言葉に、零は再び目線を下げた。
そしてまたもや彼の方に背筋を伸ばし、真っ直ぐ目を向け、凛とした声でこう返した。
『私で何かお役に立てることがあるのなら、謹んでお受け致します。』
零のその姿は、相澤にとって相当な効果があった。
彼女がそれを受けるのであれば、断るわけにはいかない。
零がもし不安になった時、困った時には傍に居てやりたい。
何より彼女が自分の意思で何かをやろうとしている所を…やり遂げてしまう所をこの目で見たいからだ。
「俺も同意見です。」
そう告げると、根津は柔らかく微笑んで「ありがとう。」と呟いた。
「じゃあ残るはあと一人。君たちの3人のうち、誰が行ってくれるかだけれどーーー