背中


脳無襲撃の事件から二日後。
重傷を負ったエンデヴァーは都内から急遽やってきたリカバリーガールの治癒能力のおかげで一命を取り止め、早くも退院できるようになった。

そして零もまた意識を取り戻した後、鬼のような着信履歴を残していた相澤に折り返し連絡をし、自分専用に処方された薬をリカバリーガールに届けてもらうようお願いしたらしい。
その薬がどんな物かは分からなかったが、彼女の容態は瞬く間に回復へと向かっていった。

ホークスは先にエンデヴァーが退院して先に東京へ帰るのを見送るため、病室を訪れていた。

二人が退院できるとなっても、未だホークスの心の痛みは消えない。
エンデヴァーに対しての罪悪感はもちろんのこと、今回ばかりは零への配慮が至らなかったことに、どうしても自分を責めざるを得なかった。

そんなホークスの心境を余所にエンデヴァーもまた、自身を責めていた。
何の計画もなしに、ここに彼女を連れて巻き込んでしまったのは他でもない自分だ。
自分のようにリカバリーガールの治癒も効かない体である事は知ってはいたものの、やはり彼女に傷を負わせたのは、どうしても許せなかった。
それに加えて、個性の反動による生命の危機。
エンデヴァーにとっては、彼女がどれだけその小さな背中に抱えているのかを、改めて思い知らせた一件でもあった。

「…俺のせい、だな。」

ぽつり、と弱々しい声を零す。
しかし、ただの独り言のような言葉に、ホークスは過剰なまでに反応した。

「違いますッ!あれは俺の…!」

「お前のせいなわけないだろう。」

ホークスは真向から見つめるエンデヴァーにもどかしさを感じた。

ーーごめんなさい。エンデヴァーさん、俺は…

全て計画通りだったわけではないが、今回この件に彼を巻き込むよう仕向けたのは他でもない自分だ。
加えて想定外だったとはいえ、零が付き添いできた事にも、もっと冷静に考えれば対処のしようがあったと今では思う。

本人は“気にしないで”と言ってはいるも、気にしないわけがない。

「俺がもう少し、頼れるヒーローだったら…強いヒーローだったら零はあんな状態にならなくてもすんだだろう。間違いなく俺の責任だ。」

「だから違いますって!今回俺が予期せぬ事態の対応に、初対面とは言え彼女の力に頼ってしまったのがいけないんです。エンデヴァーさんは、脳無を倒す事に専念すべきだった。零さんがあんな風になってしまったのは、俺の落ち度なんです…。」

「フン、何を偉そうな事を言っている。あの場でお前の判断力は間違ってなどいなかった。やはり俺の強さが…」

「エンデヴァーさん!違うって言ってるじゃないですか!」

「さっきからうるさいぞ貴様ッ!」

「エンデヴァーさんこそ…!」

互いにむきになって突っかかり、距離を縮めて睨み合う。
そんな緊迫感が漂う中、その病室によく通る聞き覚えのある声を耳にした。

『二人ともうるさいです。ここ、病院ですよ。』

「…零ッ、」

「零…、さん!?」

声のする方向に目を向ければ、腕を組んで扉にもたれかかり、じろっと鋭い視線を送る彼女の姿があった。
あまりにもの恐ろしさに、大の男二人は思わずゴクリと音を立てて息を飲み、咄嗟に顔をひきつらせた。

『いい大人が何騒いでるんですか。…隣まで丸聞こえでしたよ。』

「…あ、あはは。いやぁ、その…すみません。」

ホークスは少しずつ歩み寄ってくる彼女に怯え、歯切れの悪い声を漏らす。

『まぁ大体聞こえてましたから、この際はっきり言いますけど…。私は一般人でもなくヒーローなんで、おふたりに守ってもらうような立場でもありません。ただ少し乱暴に個性を使いすぎただけなのに、人があたかも死んだみたいな空気で話し合うのやめて貰えませんか?』

「「……は、はい。すいませんでした。」」

険悪な表情の彼女に言われると、二人ともそれに言葉を返す勇気がなかった。
しかしエンデヴァーは、大きく肩で息を吐く彼女の姿を見て違和感を抱き、小さく首を傾げた。

「お前、なぜ病院服を着ていない。退院は明日だろう。」

『…ん?無理言って今日にしてもらいました。エンデヴァーが帰るのなら、私も一緒に帰らせてもらおうと思いまして。』

「なっ、何言って…るんですか!そもそも明日でも早すぎるくらいの退院だって医者が言ってましたよ?!なんでまたそんな無茶を…!」

『行きに無理やり連れてこられたんですから。帰りもちゃんと責任もって送り届けてくれないと困るんですよ。…それに、私の知らない間に私の保護者とエンデヴァーが約束していたみたいですしね。“必ず返す”と。』

エンデヴァーはつい先日彼女を連れだす時に話した、相澤との電話でのやり取りを思い出しては、顔を引き攣らせながらもそれを肯定した。

「あ…あぁ。確かに言った、な…」

『ならちゃんと約束は果たしてください。私まで文句言われるじゃないですか。』

「ぐっ…、」

「いやぁでも、まだ本当は安静にしてなきゃいけないでんですよ?零さん、ちゃんとご自分の体調わかってます?」

すぐさま言葉を詰まらせて押し負けているエンデヴァーの一方で、ホークスは気が早い彼女を何とか説得しようと、もう一度零にそう尋ねた。
しかし零は目を細めて呆れた表情を浮かべては、腰に手を当てて息を吐いた。

『体調も何も、元々個性の反動による症状だったので、きちんと処方された薬飲めば大丈夫ですよ。その薬もリカバリーガールから頂いたので、正直今は何も問題ありません。』

「問題ありませんって、んな軽々と…」

今度はホークスは零を呆れた目で見つめた。
こうしていると、本当に異性なのかと疑わしくなるほど逞しく、病院に搬送された時に目に焼き付いた光景とは、とても同一人物とは思えなかった。
それにしても、随分軽々しく話すものだ。
過去に戻る事ができたのなら、あの時瀕死のように見えた光景を写真に残して、ぜひ今の彼女に見せつけて反論してやりたい。

そう思っているのが露骨に顔に出ていたのか、零はふとこちらを見て、穏やかに笑みを浮かべた。

『気にしすぎですよ。もう本当に、大丈夫ですから。』

「…っ、」

何もかもを悟ったような、優しい目。
どんな事を言っても、受け止めるような包容力を感じる彼女の勇ましさ。
ホークスは初めて自分に向けられた彼女の心からの笑みに、言葉を失った。

『まぁ、薬を処方したとはいえいろんな部分に負担が出ましたからね。栄養が足りないのは事実です。なのでそこは、今回ここに無理やり連れてきたエンデヴァーに、しっかり栄養を補ってもらう食事をご馳走してもらうので、大丈夫ですよ。』

「…それは構わんが、お前本当にいいのか?」

『ちょっと二人とも、やたらしつこいですね…。あんまりしつこい男は嫌われますよ?』

「お前のせいだろうッ!!」
「零さんのせいでしょうッ!!」

こちらの心境を余所に軽い口調でそう零した零に、二人は声を重ねた。
まさか二人がそこまでシンクロするとは思わなかった彼女は、それを聞いて一瞬怯みつつも、次第にクスクスと小さく笑い始めた。

『…案外気があうんですね、お二人って。』

「あのね…結構本気で心配してるんですけど。」

『…大丈夫ですよ。私はこんなところでは死なないし、この先も簡単に死ぬつもりはありません。それに、私だって腐ってもプロヒーローなんです。
“ヒーローは市民の平和と安全を守るために存在する。”
少なくとも私はあなた方に守られる側ではないはずですよ。もちろん、そんなひ弱なヒーローに成り下がるつもりなんて、毛頭ないんですし。
それとも、私はトップ2のヒーローと肩を並べる事すら許されないほど弱いんですか?』

「「…!!」」

エンデヴァーとホークスは彼女の言葉に、改めて実感した。
この目の前にいる細く病弱そうにも見える一人の少女は、裏でこの国やヒーロー達を支える立派なヒーローなのだ、と。
そこらにいる守られるだけの“女”でも、ヒーローの中でそこそこ強い“女”とも訳が違う。
自分たちのただのエゴで、“彼女を守りたい”という気持ちは、彼女のヒーローとしての立場を認めていないと言う事にも繋がるという事を。

ホークスは大きく肩で息を吐いた後、得意げに笑みを浮かべる彼女にこう返した。

「…ほんと、底知れない強さを持つヒーローですね。敬服します。」

そしてエンデヴァーは、そんな零を見ては小さく浮かべて、“全くだ。”と彼に共感したのだ。


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